私たち教師は「研究授業」というものをやります。

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「指導案」という、授業の設計図をレジュメにして配り、他の教師たちが見ている前で授業を行い、あとからその授業の良しあしについて協議しあうのです。


この研究授業によって、若い教師は授業の腕を伸ばし、育っていきます。


今日、受けた研修で、研究授業は明治以来の日本の文化であることをしり、少々驚きました。

それと同時に、アメリカの学者が世界の教師の教授法を検討したところ、日本の十業者の授業が一番理想に近かった。その理想というのは、教師が教えるのではなく、子供が自ら考えて解決して答えを見つけ出す授業です。日本の教師の指導法がいちばんこれに近かったというのです。

その理由を調べたところ「日本では研究授業なるものを行っている。これがよい授業を生む秘密だ」と結論し、本にまとめたところ世界中でベストセラーになり、現在、研究授業が世界中で行われるようになってきたとのこと。しかし、当の日本では、忙しいことを理由にだんだんおこなわれなくなっていること・・・そのようなことを聞いてきました。


研究授業。私も毎年少なくとも1本は必ず指導案を書いて授業を見に来てもらってきました。今年で27年目になりますが、毎年必ず行ってきました。


その中で確かに授業の技、教材の研究のしかたなどを身につけてきたと思います。


ところが、いわゆる「研究授業」ばかりが行われ「授業研究」の視点があまり問われなくなってきているのではないかと思います。


「研究授業」とは、各学校が設定したテーマにより、仮説をたて、その仮説を実証するために行う授業です。授業後の協議会では、仮説を検証するための手だてが有効であったかどうか、が焦点となります。


しかしそこでは、授業の腕に関する部分がとわれることはありません。「言葉が早い」とか、「子供のほうを見ていない」とか「教師がしゃべりすぎる。もっと子どもにたくさん活動させる時間を・・」とか、そのような授業技術にかかわることは協議会ではあまり問われないのです。テーマ仮説の検証が優先であって、授業技術について話し合う時間はないのです。

かくして、せっかく研究授業のチャンスを得ながら、「授業が上手になる」ためのアドバイスなどはなかなか得られないのです。


このような授業の腕に視点を置いた授業を,「研究授業」にたいして「授業研究」という場合があります。

ことばを単にひっくり返しただけではありません。前者は仮説検証。後者は授業法自体に焦点を当てるという意味があるのです。


研究校に長くいると、仮説検証授業ばかりをおこないがちですからそれが当たり前のような感覚になります。

しかし、「授業が上手になりたい」という若い教師のねがいを実現するには、「授業研究」の視点も必要だと思うのです。

授業研究をたくさんおこなって、授業の腕をあげつづけていきたいものです。

2014/11/16 追記


 
研究授業か 授業研究か・・・・ | 教師の知的生活ネットワーク
こちらから移動してきました。

どうぞよろしくお願いします。