学年主任のマキ先生は、放課後、子どものノートを見終わって職員室に向かっているとき、ヨーコの教室の前を通りました。
すると、教室に電気がついてなにやらかちゃかちゃと音が聞こえています。


「だめだ~」

「あ~やっぱりだめ・・・どうしてなの・・・」


ヨーコはなにやらぶつぶつ言っています。


マキは、またヨーコが何かに困っているんだなと思いました。


ガラガラガラ・・

マキは教室の扉を開けて中に入りました。


「あ、マキ先生」

「どうしたの?真剣そうにぶつぶつつぶやいて・・・だいじょうぶ?」

「あの~、黒板の字がどうしてもゆがんでしまうんです。みてくださいよ」


マキが見ると、黒板には縦に横に、いろいろな字が書かれています。

明日の授業の内容のことや、数字、あいうえおなど、さまざまな内容の文が書き並べてあります。


「まあ、たくさん書いたわねえ」


見ると、縦の字は下に行くほど左によれ、文字の列は「ノ」の字のようになっています。

また、2行目、3行目になるにつれて書き始めの字がだんだん上がって行っています。

よくあることです。


また、横書きの字は、上がったり下がったりして波打っています。

よくあることです。


「ひどいでしょ?」

ヨーコはなさけなさそうにつぶやいています。


「よくあることよ。」


「え?」


「黒板に字を書くなんて、これまでの人生の中で何度もなかったことだから、うまくいかなくてあたりまえ。だれでも最初はこんなになるのよ」

「本当ですか?」

ヨーコはほっとした顔をして、目をくりくりさせています。


「縦の字はゆがんでななめになるし、横の字は波打つし。人によっては右上がりになったり右下がりになったり・・・。ちなみに私は、ヨーコ先生と同じだったわよ」


マキの優しい顔を見て、「わあ・・マキ先生も私と同じ悩みを持ってたんだ・・・」とヨーコは安心しました。


「でも、どうして今ではあんなにきちんとまっすぐに書けるようになったんですか?」

マキの黒板の字はいつ見ても整然としてとても見やすく、ヨーコは自分も早く黒板の字をマキ先生のように書けるようになりたいと思っていたのです。


「こればかりは意識的に練習を積み重ねないと、ただ毎日書いて消してを繰り返すだけじゃ、いつまでたったもまっすぐ書けるようにはならないわ」

ヨーコはすこしがっかりしました。


確かにそうですよね。一朝一夕にできるようなことではないかもしれません。それにしても何か特効薬があるかと思ってたんですが・・・・


「あるわよぉ~~」

マキがもったいぶったようにいいます。


「え?やっぱりあるんですか?あしたからすぐにでもまっすぐに書けるようになる特効薬・・・」

「とても簡単なこと。」


ヨーコはわくわくしています。


「黒板の字を消すとき、黒板消しでうまく字をけすのよ」


「は?」


私は字をまっすぐに書けるようになりたいのに、なんで消す話を?


鳩が豆鉄砲を食らったような顔。ヨーコはこの顔をこれまで何度したことだろうと思いながらぽかーんとしています。


「いい?今からこの黒板を消すわよ。次の授業は何ということにする?」

「次・・・。あの、じゃ、国語で」

「みてらっしゃい」


マキは、黒板の一番右から、黒板消しをたてにすーっと上から下まで一本線で消しました。


それから次の行に移り、また上から下まですーっと消しました。消した線が2本並んでいます。


マキは同じ仕草で、スピードを上げて黒板全部にたての一本線で消していきました。1分もかからなかったでしょうか。


「どう・・・?」

「どうって・・・あ!」


ヨーコは目をまん丸にしました。


黒板には、見事な縦線が何本も引かれています。黒板消しの消し跡が、線に見えるのです。


「これで書いてみて」


ヨーコはチョークに飛びつき、字を書いてみました。


消し跡が縦のガイドになり、一番下まできちんと縦に一本筋の通ったように字を書くことが出来ました。


「わああ・・・・すごいですね」

「ね。便利でしょ。前の時間の終わりに、次の時間の字の方向に合わせて黒板消しを走らせるだけでまっすぐ書けるのよ」


ヨーコは、今度は、自分で黒板を消してみました。


「次は理科・・・」


ヨーコは、黒板の一番左上から黒板消しを横にすーっと走らせ、順番に下に消し後を作っていきます。


「うわああ・・きれいに横線ができる・・これならまっすぐにかけますね!すごい特効薬」

「でしょ?私も若い頃先輩に習ったときにとても助かったのよ。」


「マキ先生だって、そんな時があったんだ・・・・」


「そうよ。だれでもそう。先輩から習いながら、いろんな技が伝えられていくのよ。
でもね、これはあくまでも特効薬。これに頼ってばかりではダメよ。こんな線がなくても横にまっすぐかけるように、意識して書いてね」


二人の様子を、外からユーイチがそっとうかがっていました。

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そして「しめしめ」とつぶやきながら自分の教室で黒板の消し方の練習をし始めたことなど、二人はしりません。・・・とユーイチは思っていました。

ヨーコの日記

何にでもうまくいく技があるんだなあ。マキ先生も先輩から習ったし、先輩もそのまた先輩からうけついできたんだ。

この方法は、黒板を丁寧に消す、ということにもつながる。これまではただ消えればいいと思って消し後のことなんか考えずにぐじゃぐじゃに消してた。でも、こうやって一本一本消すと、時間がかかるみたいだけど、そんなにかからずにその上きれいに消せる。

うれしいなあ。あしたから早速つかってみよう。でもこれに頼らず、まっすぐ書けるような練習も意識してやらなきゃ・・・・

そういえば、ユーイチ先輩も外から見てたけど、きっと明日から同じことをまねするのに違いないわ。故黒板の字を見て、「すごいですねー」って言ってあげようっと。