2学期の終業式が近づいてきました。職員室では、ヨーコが通信票とにらめっこしています。
 

「ヨーコ先生,どうしたの?」ユーイチがのぞきこみます。

「あ、先輩。もう通信票の所見はおわりました?」

「いや。まだだよ。」

「あ~よかった。私もまだできてないんです」
 

「ぼくなんか、まだ始めてもいないよ。」

「え~?間に合うんですか?」

「背水の陣って言ってね。もうどうにも間に合わないというところでぐいっとエンジンをかけるんだ。そうすると一気にできるよ。」

「何かあったらどうするんですか?私こわくてとてもそんなことできません」

「まあ、人それぞれだよ。ヨーコ先生は自分に合ったやりかたをすればいいさ」
 

ユーイチは子ども達の所に遊びに行ってしまいました。
 

「大丈夫かな。先輩。」

ヨーコは、ユーイチが「間に合わない間に合わない」と泣きべそをかきながら通信票に向かっている姿を想像してしまいました。
 

「まだ取りかかってないって言っても、ゼロじゃないからね。」

「あ、マキ先生。」

学年主任のマキがいつの間にか座ってにこにこしていいます。
 

「ゼロじゃないってどういうことですか?」
 

「ユーイチ先生は、もうたっぷり書くための材料を用意しているってこと」

「私だって材料はたくさんあるんですけど・・・書こうとするとなかなか書けないんです。」

「どれどれ・・・?」

マキはヨーコの所見をのぞいてみました。
 

「何々。『〇〇さんは、国語をとてもがんばっています。発表もたくさんします。ノートの字がきれいですね。給食をたくさんおかわりしました。黒板消し係をがんばりました・・・・』・・・・。うーん・・・」

マキは頭を抱え込みました。
 

「・・・・だめですか・・?たくさん書いたつもりですけど・・・」

「ヨーコ先生、確かにたくさん書いてるけど・・・。これお母さんになったつもりで読んでみて。うちの子、国語がんばったっていってるけど、何がんばったんだろう?発表たくさんしたのはいいけど、ちゃんとわかってるのかしら。ノートの字がきれいなのは私も知ってる。よく書いてるわ。給食をたくさんおかわり・・・だから何?黒板消し係って何するの?何がんばったのかしら・・・ そうならない?」

ヨーコは「・・・なります・・・」と小さくなります。
 

「字をたくさん書けばいいという訳じゃなくて、具体的にどんな姿だったから、こういうよさがあります、とかここが課題ですのでこうやります、というように書いたらいいのよ」

「はい・・・」
 

「例えばね・・・」
 

マキは手直しをしてくれました。
 

「まず、国語をがんがった、ということから。がんばるにしてもいろんながんばりがあるわよ。例えば・・・」

「『国語では、文から読み取ったことをもとに,進んで考えをノートに書いていました。』とか

『毎日漢字練習を続けて、漢字テストで毎回100点をとることができるなど、努力を継続することができました』とか
 

『友だちの考えをよく聞いて、それらをまとめる意見を発表するなど、友だちがよりよく理解できるような発表をよくしてくれました』とか・・・」
 

ヨーコは目を丸くしています。よくこんなに次々と出てくるなあ・・
 

「こう言うように書いてあげると、『がんばる』という言葉を使わなくても、おうちの方にはすごくよく伝わるのよ。」

「ははあ、たしかに・・・」
 

「その時、より書きやすくなるように、自分の中にテンプレートを持っていたらいいの。」

「テンプレー・・・?」

「意欲的な態度につなげるか、こつこつと積み上げるにつなげるか、やりぬく力につなげるか、友だちの意見をよく聞く、友だちといっしょに学ぼうとする態度とか・・・どういう価値を認めてあげるかをいくつか持っているといいわ。」

「同じ発表でも、このような発表のしかただから意欲的な態度がうかがえる、とつなげるか、友だちの意見をよく聞いて発表したから、みんなの学びをまとめてくれるとつなげるとか・・・」
 

「ふんふん・・」
 

「そして、『こんな具体的なことをした』から『こんな価値がありますよ』というように書いてあげる。そういう文を学習でふたつ、生活でひとつくらい拾い上げて3文くらいで書くようにすると、自分も書きやすいし、その子どものことがはっきりと浮かび上がる所見になるわよ」
 

じゃ、ユーイチが余裕なのは・・・・
 

「ユーイチ先輩に材料がたくさんあるっていうのは・・」

「そうね。昨年、たくさんテンプレートを教えておいてあげたからね。ああやって子ども達と遊びながら、きっとその子の姿をどのテンプレートで価値づけてあげようか考えてるのにちがいないわ」

ヨーコはユーイチも少しは偉いんだな、と思いました。
 

「マキ先生、ちょっとはいい所見が書けそうな気がしてきました。たとえばこの子・・・ポートボールでたくさんパスをしていましたっていうのを・・・・『すぐにシュートが出来そうな位置にいる子どもを見つけてパスをするなど、みんなで勝つために協力しようとする姿がうかがえます』・・っていうのはどうでしょう」
 

「すごい!ヨーコ先生。パスをしただけじゃなくて、意味のあるパスをしようとしているところを先生はちゃんと見ていたんだってことがよくわかるし、それが協力する姿だという価値付けまでちゃんとできてるよ。これはおうちの人も読んでてきっとうれしいわね。」
 

「やったー!」
 

ヨーコはマキにほめられて有頂天になり顔を真っ赤にしています。
 

「協力でもいいし、思考する力にもつなげられるわね。」

そうか・・同じ姿でもよりその子にあった価値につなげたらいいのね。

 

「でもね。ヨーコ先生。私がやっちゃだめって思っていることがひとつあるの。」

「え?禁止事項ですか?」
 

「そこまで大変なことじゃないけど、教師としての意地や自信にかかわるというのかな・・・。私はしないようにしていることがあるの。あのね、それは『コピペ』。同じ言葉を何パターンか作っておいて、当てはまりそうな子にぽんぽん貼り付けていくの。これはやらない。」
 

「でも、あてはまったらいいんじゃないんですか?それに同じ文でも子ども同士で見合わない限り同じ事が書いてあるってわからないし・・・」
 

「そこよ。わからないからこそ。

私たちが見る子どもは一人一人違うので、一人一人に合った言葉がきっと有るに違いない。後から見て、似た言葉でも、これは誰さんに書いた言葉、ってすぐにわかるような文を書きたいと思わない?
コピペはらくだけど、それじゃその子を見ていないことだって思うから、私は絶対にしないのよ」
 

ヨーコは、所見というのは、教師がいかに子どもをしっかり見てその子のよさを伸ばそうとしているのかということに挑戦する舞台のようなものだな、と思いました。

ヨーコの日記

「がんばりました」ではなく、「〇〇など、よく考えていること(さまざま)がうかがえます」のように具体的ピンポイントで書いたらいい。

そのために、いくつか価値のテンプレートを持っておこう。「意欲、継続、努力、協力、学びに向かう態度、考える力・・・」など、具体的な姿をつなげて価値づけてあげられるような・・・

私もコピペはやめよう。後で読んだとき、誰のことを書いているのかが自分でわからない所見は人に伝わりません。

それから他にもこんなことを聞いた。

ほめることよりも認め、勇気づけること

「がんばりましょう」とまるなげするのではなく、「こういうことが課題なので、次学期はこうしましょう」というように具体的な課題と方法を書く。

学校内での受賞や、選出されたことなどは記録してあげること

終業式の朝、ユーイチが目の下にくまを作ってあらわれました。
 

「あらら!ユーイチ先生、その顔いったいどうしたの」

マキが尋ねました。
 

「はい・・ついさっきまで所見書いてました。」
 

「背水の陣って言ってたけど、余裕あったじゃないですか」とヨーコ。
 

「あ~昨日の番、さあ背水の陣だ、今から夜中までがんばって所見書くぞ~!と思って書き始めたとたん『メリークリスマース』っていって、昔のともだちがワインとケーキ持って遊びに来たんだ・・・早く帰ってくれーって思いながら、それでもせっかく来てくれたんだし、と泣きそうな気分で友達に合わせてたけど、結局帰ったのが夜中の2時。それで今まで・・」
 

「それで・・・・間に合ったの・・・?」

「なんとか・・・・。もう、次から背水の陣はやらない・・・」
 

ほーら思った通りとも思うヨーコでした。
 

ヨーコは、それでも5時間ほどで書き上げるなんてすごいなーと思いました。
 

やるじゃん。ユーイチ先輩。私はやんないけど・・・。

tusins