今朝の読売新聞に、学校の校務運営システムに在宅で繋がる、いわゆるテレワークのことが書かれていました。

大阪市教委が2014年に校務運営システム導入とともに始めたことです。
それまでは、通知表や指導要録など、外に持ち出せないために在宅で仕事できず、遅くまで残らねばなりませんでした。

また、子育て中の教師は、遅くまで学校に残れないので、休日出勤を余儀なくされていました。
しかし、家で運営システムにアクセスできることで、退勤を早められるようになだだということです。午後6時には家に帰れるようになった例が掲載されています。


さて、「よかったよかった」と言いたいところですが、実はそうではありません。これは、生活の仕方が改善されただけであって、仕事量の多さが緩和れるわけではないからです。

午後5時以降はプライベートではありませんか。アクセスできるようになったとは行っても、結局仕事はしなければならないんです。赤ちゃんを抱いて。
「よかったよかった」というためには、早く帰れた上で家でも仕事をしなくて済むことが大事なんです。

なぜ?

 それは、教師は人を教育する仕事だからです。人を教育する人は自分を磨き続ける人でなければなりません。5時以降は、そのための時間に使えなければならないのです。
家族との大事な時間をきちんととった上で残る可処分時間で、十分な知的な活動を行う時間が必要なのです。研究、読書、対話、鑑賞。

これらのことが土台になり、私たちは深い教養を持って子どもたちの指導に当たることができるようになります。
寝るまで明日の準備や事務仕事では、教師は自分の成長ができません。

だから、私たちには、午後5時までに全てを終えられる環境が必要なんです。


午後の授業は外注にして、教師は事務や研究に午後を使えるだけで日本に教育は変わります。

人を増やして空き時間を作るだけでも変わります。


そういうことをしなくてはダメです。

アクセスできるようになったということは、家でも仕事をせよと行っているのと同じですから。


とはいえ、まずはここからですけどね。
その点で、テレワークはゴールではなく、第一歩。
まだ、これさえ実現できないところもあるんだから。まずはここから。


鳥取県教委は、校務運営システムを導入した時に「教員の業務は学校で全て終わらせるのが本来の姿だ」としてテレワークを見送ったそうです。

これは逆に素晴らしい。
午後5時で全ての業務を終わらせるために、県としてなんとかする、という覚悟の姿です。(・・・であってほしい。そうでなければ、実体のない単なる筋論で、「業務を改善して早く帰れ。でも仕事は全部終わらせてから帰れ」と行っているに等しいからです」