6月15日 No.46

くにゃくにゃパラダイスその3

1人の子が足の所をぐにゃぐにゃの線でいっぱいにした。

見た目には毛糸の玉が解けてもつれたようだ。

「ぐちゃぐちゃにしてしまった」ようにも見える。どれが足やらわからないほどぐにゃくにゃの線がたくさん描いてある。


「これは…」と私が言った時、ありがとても不安そうな顔をした。
怒られるのではないかと思ったのだろう。一生懸命にやった結果、画面がそうなってしまった。
子ども心にとんでもないことになってしまった、と思うほど、先がもつれていた。


私は、このような絵を見たことがある。

何に一生懸命になってこのようにしたのか大体わかった。


ある程度自信を持って彼に聞いた。


「足をいっぱいいっぱい動かした様子を描きたかったんだね?足をくにゃくにゃ動かしたように見せたかったんだね?」


彼は急にパッと顔を輝かせた。


「そうだよ!僕、足をいっぱい動かしたようにしたかったんだ!」


彼の絵を「解読」できたことを私はとても嬉しく思った。
逆に、もし「あらら、大変なことになってしまったね」と言っていたらと思うと背中を冷や汗が走る。


見た目は良くなくても、自分の思いを表すために精一杯の自分の持っている技術を使った。このような絵こそ私を褒めたい。そしてそのような絵に出会うことができたことをうれしく思う。


kunya



一昨日Mayaさんが芝生の上でとてもきれいに色をつけていた(私は「ぬる」と言う表現を好まないので)。
底抜けに明るく、楽しい感じがした。きっととても楽しかったのだろうと思うと、嬉しかった。


M里さんのが傑作だ。楽しんで描いていると思ったら、なんと、ユーカリの木にもフラフープをさせているではないか。

「こんなこと描いたら叱られるのではないか…」などと言ういらぬ心配など全く見られない天真爛漫な気持ちの良い絵だった。

こういう絵をいつまでも見たいものだが、成長するにつれて見えないものは描かなくなっていく。それもまた発達である。


T美さんのは画面に斜めに入っていてとても迫力があった。楽しんで描いていたら、いつの間にか画面からはみだしそうになってしまいました、と言う感じの絵だ。