• 何度言っても忘れ物をする
  • 必ずウソをつく
  • そこまで言わなくてもいいのにということを言ってトラブルになる
  • 叱られても叱られても懲りずに廊下を走る。そして怪我をする。
  • 挙手しない。さしても蚊の鳴くような声しか出さない。
  • ダンスの時、腕をまっすぐに上げない。
  • あいさつをしても,だまってとおりすぎる・・・・

こういうことが毎日のように起こります。

教師は叱っても話しても諭しても注意をしても何にも変わらず、疲弊して行く。

または、力で押さえつけ、そのうち学級が爆発する。


そういうようなことを乗り越え乗り越え、私たちは日々を壮絶に暮らしています。


そこで「どうして言っても言ってもよくならないの」と考えるフレームを、一人一人の子供に事情がある、というフレームに転換すると、ずいぶん見える世界が変わって来ます。

その子どもの行動、言葉を生んでいるものに目がいくようになるのです。

その余裕ができるのです。

んとね


実際、私もそう考えるようになって気持ちが楽になったばかりか、根源的なその子どもの行動を生んでいた障壁に気づいて取り除くことで改善した経験もあります。


まずは、子どもを自分の持つラベルに当てはめるのではなく、その子どものそのままを受け止め、「ああ、こんなことを言っているんだな」と思うことにしましょう。

何とかしなくては、とあまり思いつめないことです。

目の前のことをつつきすぎると、帰って解決が遠のくことがよくあります。


まずは受け入れる


そこから開く世界もあります。


「まず受け入れよう」 

「子どもが何か頼んできた離,ルールを破るようなことをしていた時に,いう知度その姿を受けれてみ見る。そうしてよく話を聞いてみる。「みんな事情があるのだ」そういうこうどうのしかたにいつのまにか変わっていました」


「まず受け入れてみるという感覚は,傾聴,カウンセリングという領域に私の目を開かせることになり,日々の教育の中で生かすように変わっていき,今の仕事につながっています。」


私のシドニー派遣教員日記より