2016年10月

昼休み。

主任のマキが教室で子供たちの日記を見ていると、3年2組のヨーコのクラスの子どもたちがやって来ました。
 

「あら、リョータ君、ユキちゃんも。どうしたの?」

「先生、ヨーコ先生が変なんです」

「変?」

「なんかぁ、なにやってもぉ、ほめるの・・・」

「いいことじゃないの。みんなもほめられて嬉しいでしょう?」

「ちがうの!マキせんせ。」

ユキが腕をぶんぶん回しながら言います。

「あのね。ノートにね。書いたらね。ほめるの。」

「?」


「・・・あの、ノートに黒板の字を写してるだけなのに、上手ねぇとか、えらいねぇなんです。」

お姉さんっぽいユリがフォローします。


「そうなの?それは困ったねえ。あんまりうれしくないね・・・」

マキ先生にはちょっと思い当たることがありました。


・・・


5時間目、マキ先生は子どもたちに計算問題をさせている間、隣のヨーコの授業をそっと見に行きました。


「ははぁ、たしかに・・・」

ヨーコのクラスは図工の時間で、ヨーコは絵を描く子供達の机の間を回っては一生懸命にほめています。


「まぁ、上手ねぇ」

「あら!ユキちゃんも上手!

「わ!じょうず〜!」

「あらあら!リョータ君も上手!」

ヨーコは髪を振り乱して子どもを手当たり次第にほめています。


「あちゃー・・・」

マキ先生は頭を抱えました。


「たしかに、子どもは叱るよりほめられる方が頑張る気になるわよって言ったけど、これじゃ・・・」

マキ先生は、リョータやユキちゃんやユリが困っていたことがよくわかりました。


・・・


放課後、職員室で,マキはヨーコに今日見たことを話しました。

「なんだか,やたらとほめてたわね。」

「はい!昨日マキ先生からしかるよりほめて育てるほうが子どもはやる気になるって聞いたので,今日は,いっぱいほめました!」

「そう・・・」


マキはどうしたものかという顔で,目をくるっと一周させました。

「・・・?マキ先生どうしたんですか?」

「あのね。ヨーコ先生は,図工で子どもの何をほめたの?」

「え?あの,上手だねって・・・」

「何が上手だった?」

「何って・・・えーっと・・・・」


マキはヨーコに自分のクラスの子どもが描いた絵を見せました。

「わー上手!」

「どこが上手?」

「この海の色がすてきですね。いろんな青が使ってあって,きれい。白い絵の具でてんてんと書いてあるから水しぶきの感じがよくでてますねー。」

マキはにっこりしていいました。

「ほら。ヨーコ先生。今,立派にほめてるわよ。」

「え?」

ヨーコはきょとんとしています。


「何がどうだから上手だってひとつひとつ言えたでしょ。それがほめるってこと。」

「はぁ・・・」

「あのね,いくら上手,上手っていわれても,どこがどんなだから上手なのか言ってくれないと,言われた人は何で褒められているのかわからなくてとっても困るのよ。」

「そうですかねぇ・・」


マキはヨーコに向き直りました。

「あ,それjはそうと,ヨーコ先生,今日はとってもきれいよ。」

「ほんとですか!?」

「そうよ。今日はとってもきれい。」

「わあ,うれしい。ねえ,どうしてですか?どこがきれいなんです?」

ヨーコはわくわくして聞きました。

「そうねえ。きれいなのよ。きれい。今日はきれいよ~」

「もう。先生,もったいぶらないで教えてくださいよぅ。きれいきれいって,どこがきれいかわからないと困りますぅ」


「ほらね。困るでしょ?」

「え?」

またまたヨーコはきょとんとします。


「ヨーコ先生は今日の図工の時間,子どもたちに上手だ上手だっていってたけど,子どもたちは何が上手だかわからなくてとっても困ってたのよ。いまのでわかったでしょ?」


確かに。きれいだっていわれたけど,何がきれいかわからないので,あんまりうれしくありませんでした。(あ,そうか。上手っていわれただけじゃうれしくないんだ・・・)


「特に,図工とか音楽とかでは,かんたんに上手っていう言葉を使わないようにしないと。それよりも筆の先でていねいに塗ってるね」とか「色と色が重なっていてきれいな別の色ができたね」とか具体的にいってもらったほうがうれしいのよ。」


「マキ先生,ありがとうございました。よくわかりました。」

ヨーコはにこっと笑うと,教室に上がります。職員室からでようとして,入れ違いに先輩のユーイチが入ってきました。3年3組の担任です。3年目の先生で,ヨーコの1年先輩です。


「あ!ユーイチ先輩。あの,えーと。先輩の今日のネクタイ。少し短めでよれっとしているのがすてきですわ!それじゃ!」ヨーコは張り切って職員室を出ていきました。

「マキ先生。なんですか?ありゃ」
ネクタイをしめなおしながら,ユーイチがマキの向かいに座りました。
「ちゃんとほめる練習をしてたのよ。」

「はあ?」


ヨーコの日記

今日はまた大事なことを学んだ。

「上手!だけじゃだめなんだ。何がどうだからじょずなのか。それをいわなきゃ。

できたら上手という言葉を使わないでほめるのがいいんだそうだ。

この色の組み合わせは,よく目立っていいね,みたいに具体的にいわなきゃ。

明日は,具体的に言葉をかけよう。


翌日

マキがそっと3年1組をのぞくと,ヨーコが一生懸命にほめています。


「リョータ君。線からはみでないように丁寧にぬってるねえ。」

「まあ,ユキちゃんはこんなに細い線がひけるのね。すてきね。」

「ユリちゃんのパレットにはたくさん色が出てるね。だから画用紙の絵がこんなにたくさんの色でできてるんだね。」

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みんなにこにこしていました。

(よし!やったね ヨーコ先生)マキはそっと教室を出ました。
 

「では,めあてを書くからみんなも書いてね」
 

ヨーコは黒板の方を向くと,めあてを書き始めました。

書き上げるのに2分。その間,子どもたちはノートに一生懸命めあてを書いていましたが,ヨーコの書くめあての言葉の先を見越して書いてしまった子が何人もいます。

そういった子どもは,もぞもぞし始めます。
 

やがて,となりの子に話しかける子。

落ちた消しゴムを拾いにいく子。

そういう緊張が崩れてきた状況を見計らって,鉛筆を削りに行く子もいます。
 

子どもたちはだんだんざわざわしはじめます。
 

「みんな 静かに!たって歩いちゃダメでしょ!」

ヨーコは子どもたちの方を向いて注意しましたが,また黒板の方を向いて書き始めると,ざわざわざわ・・・・・
 

・・・職員室で
 

「マキ先生,黒板に字を書いている間に,どうしても子どもたちがざわざわし始めるんです。先生はどうされてますか?」

中休み,ヨーコは,主任のマキに聞いてみました。
 

「そうね。私たちって、電子黒板でもない限り、必ず自分で黒板に字を書かないといけないから、どうしても子どもに背中を向ける時間ができます。」

「はい」
 

「だから、問題はいかにしてその時間を短くするかってことよね。」

マキは、ヨーコの方を向き,話し始めます。

続けて背中を向ける時間を短くすること

「ひとつは,連続して背中を向けている時間を短くするっていう方法があるわね。」

「はい?」

「めあてを書き始めたら,最初の「,」や,言葉の区切りでいったん子どもの方を向くの。そうして,みんながノートに書き始めているかどうかチェックする。」

「あ,なるほど・・・」
 

「ひとつのことを書く間に何回かに分けて子どもたちをみるようにすると,連蔵して背中を向けている時間が短くなるので,子どもたちの集中はくずれにくくなるわよ。」

「そうか!さっそくやってみます!」
 

たしかに,その方法なら,何度も子どもたちの方を向くので,席を立ち始めたり,隣の子に話しかけたりすることはなくなるでしょう。

「穴埋め」にして集中させる

「ふたつめは,めあてにしても問題にしても,わざと空白をつくって書いておく,という方法があるわよ。」

ヨーコにはどういうことだかわかりません。
 

「空白にしておくと,その分書かなくていいから早く書き終えられるでしょ?そうして,いち早く子どもの方を見て,教室を回り始めるの。穴埋めは自分でしなさいということね。」

「ああ,そうか!」
 

そうしたら,子どもは空白部分に何と書いたらいいのか,私の話を思い出したり,前後の言葉の関係から推し量ったりしながら完成させることができます。その間子どもの集中は続くのです。
 

「そうして黒板に戻って,空白分を埋めて板書が完成ってわけ。どう?子どもたちからはやったーって声があがって気持ちをさっと束ねられるわよ。」

ヨーコはしきりに感心しています。

背中を向けていても,背中に目を持っていると子どもに知らせること。

「でもね。もっと大事なことがあるのよ。」

「何でしょうか?」
 

「それはね。背中を向けていても、子どもたちが先生から見てもらっているっていう安心感を持たせることなのよ。背中で見るってことね。」

「背中で見る・・・?」
 

ヨーコは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてきょとんとしています。
 

「背中を向けていても、子どもが何をしているかわかるという先生もいるわ。」

「本当に?」
 

「子どもとの信頼関係といってもいいかもしれないわね。心で繋がってるから、背中を向けていても子どもたちは安心していられるのよ」
 

ヨーコは目をぱちくりさせていたが,にこっとしてマキに礼を言うと教室に上がって行きました。

ヨーコの日誌

子どもになるべく背中を向けないで、黒板に字を書く技術を身につけないといけないけれど、同じくらい頑張って、背中を向けていても子どもたちが私から見守られていると思えるくらい信頼関係を築きたい。

そして、私も背中に目をつけます。

 


「うわー先生,背中にめがある」 

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いや,いや,これはちょっとちがいますよね。
 

「子どもは「子ども」でいることが『成長」の基盤」なのに、教師や大人は子どもに気づかずして背伸びや虚勢をさせているのではないか」

教師人生を終えようとしている先生からの,ある研修会での提言から。総合教育技術2016-4

育ち急ぎ

私は以前から,今の子どもは「育ち急ぎ」をしていると思ってきました。

大人が使うものを使い、大人が話す言葉を話し、大人が着る着物を着、大人が行くところへ行く。そして、大人が考えるようなことを考えています。
 

子どもにはその時代なりの発達の課題があります。5歳なら5歳なりの、10歳なら10歳なりの,その時必要な発達上の課題を十分な時間をかけて解決していかなければ、心が育たないまま、体だけ大人になってしまいます。

はねる


 

よくメディアで言われている。「現在の若い大人たちの中に、子ども時代の思考から抜け出ていないのではないかと思われるような行動や思考をする人たちがいる」ということも,もしかしたらこの育ち急ぎということがあるのかもしれません。
 

余談ですが,うちの長男は,ずいぶん早くつかまり立ちを始めたためか,立ってもよろよろしており,コケるときには頭からばたんといっていたので目が離せませんでした。
次男はいつまでもはいはいしていたためか,立つようになってからは力強く立てていて,こけるときにも上手にお尻からぺたんとすわりこむように倒れていましたので安心でした。
その成長段階にあった成長の課題をじっくりと解決しながら育つ,という意味で分かりやすい例かと思います。


さて本題に戻ります。その育ち急ぎを助けている最大の環境は親です。

育て急ぎ

大人は、逆に子どもを育て急ぎしていはいないでしょうか。
 

早く大きくなって欲しい,早く育って欲しい、という思うあまりに、大人の格好をさせ、大人の行くところに連れて行き、大人の考えをそのまま子どもに伝え、大人のものを持たせる。
 

深夜に郊外の本屋に5歳くらいの女の子を連れてきて,平気で立ち読みをしている若い夫婦の話を以前書いたことがあります。
子どもは本屋の通路を走って回っていますが,おかまいなしです。
まるで,5歳の子どもではなく,自分たちの友達の一人と感じているかのようです。
成長ホルモンが分泌されて脳がどんどん発達していくこの深夜の時間帯,家で静かな環境でしっかり寝せて育ててあげないといけないのに。


こうして、子どもに発達のための十分な時間を持たせてあげることなく一足飛びに大人の社会へ出入りさせてしまっているのではないかというような状況を時々見ることがあります。


若い教師であったころ,ある保護者からこんなことを教えていただいたことがあります。
 

「子どもは幼く育てるのがいいのですよ」


おそらく,その時その時の成長段階に合わせて,急ぐことなくじっくりと育てなさいということだったと思います。


この言葉を聞いてから30数年,私の中で大事にしてきた言葉です。

採用2年目の若い先生 キリシマヨーコ先生のお話です。
ヨーコ先生は,里山小学校の3年生を担任しています。
元気で子どもたちが大好きな先生ですが,学ぶことはたくさんあります。
そんなヨーコ先生が,少しずつ成長していくお話です。

*   *   *

運動会シーズン。

里山小学校では、あと2週間後に控えた運動会の練習に,先生たちは目の色を変えています。


ヨーコも例外ではありません。採用2年目になったヨーコは,はりきってステージの上に立ち、ダンスの指導をしていました。


「もっと手を伸ばして!そしてピタッと止める!」


ヨーコは何度もやって見せますが、子どもたちは肘を伸ばしてピタッと止めるところがなかなかうまくいきません。


3年生の子どもの中には、自分の肘が曲がっていても、自分ではまっすぐだと思っている子どもがいます。だから、注意されているのが自分だということに気づかないのですね。


前から見たら、ヨーコにはその子どもたちばかり目に入ります。だから何度も同じところを注意してやり直させていました。


子どもたちはそのうちだんだん飽きてきました。いつの間にか集中も途切れて、体をピタッと止められない子どもが増えてきてしまいました。


「ダメでしょ!みんなちゃんとしなさい!」


ヨーコは焦ってますますやり直させようとしますが,子どもたちの集中は戻りません。

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ベテランの主任、マキがステージに上がってきました。


「ヨーコ先生。少し休憩を入れましょう。」

「は・・・はい・・」


子どもたちはグターっと座り込み、途端におしゃべりか始まりました。


「ヨーコ先生。子どもたちのできないところばかり目に入ってたでしょう?」

「はい・・。肘が曲がってると、踊りにメリハリが出ないので、なんとかまっすぐにさせたかったんですけど・・・」


「そうね。ところで、肘が曲がっていた子、どれだけいたか知ってる?」

数を把握する

「え?どれだけ?・・・・たくさんいたと思います。」

「何人くらい?」

「え?あの・・・半分・・・くらい・・・?」

「12人。」


「え?それだけ・・・?」


ヨーコはびっくりした。てっきり50人くらいいるかのような気がしていたからだ。


「気になると、その子ばかりが見えてしまうから、実際よりも多く見えてしまうのよ。だから、いっぱい、とか半分とかじゃなくて、数を確認しなくちゃね」


「あ・・・はい」


12人。数えられる数だ。「たくさん」ではなかった。


そしてもう一つ大事なことがあるの。」

「え?なんですか?」

できている子どもをほめつつ,できていない子どもを個別指導

「ヨーコ先生のやっているように、ピタッと手を伸ばして体を止めることができていた子どもたちはどのくらいいたか知ってる?」


「はい・・・あまり見てませんでした。できてない子どもばかりが見えてしまって・・・」


「そうでしょ?きれいにできてた子どもは、100人中半分以上もいたのよ。そして残りは完璧ではないけどもう少しでできる子。つまり,ほとんどの子どもたちは,ほぼ合格点なの。全員をなんどもやり直させることはなかったの。」


「でも・・・、そうしたらできない子どもはどうしたらいいんでしょう?」


「ほとんどの子どもは完璧じゃないけど合格点はあげられる。だからどんどん褒めて、気持ちをつなげること。そしてどうしてもできない子どもを後からそっと呼んで個別に指導といったところかな。」


ヨーコは目を丸くして聞いています。


「ひじに手を当ててゆっくりと伸ばしてあげるのよ。そしてピンと伸びた状態を作ってあげたらいい。その子どもは,手が伸びたというのはこんな感覚の時なんだって気づくのよ。」


「ああ、なるほど・・・手が伸びている感覚・・・」


大勢の子どもたちはできていることを褒められ、モチベーションはどんどん高くなっていく。

できない子どもたちは個別指導でほんの少しでもできるようになる。

それでいいのでした。


「どうしても私たちはできない子どもの方に目がいっちゃうのよね。そしてできているたくさんの子どもたちと一緒にしかっちゃったり、繰り返し何度も同じことをやらせたりする。大勢を指導するときに気をつけないといけないことよね」


そのあと,ヨーコはマキといっしょに,うまくできている子どもを前で踊らせて見せたり,今一つの子どもたちに「ずいぶんじょうずになったね!」と言ってほめて回ったりしました。子どもたちは喜んでダンスに集中し始めました。

ヨーコの日誌

どうしてもできてない子どもに目が行っちゃって,すぐに注意してしまっていた。


でも,数を確認すれば,むしろ全体ではちゃんとできている子どもの方が多いということがわかる。

できてなくてもふざけたりだらだらしたりしているわけではなく,「できていない」という感覚がわからないだけだ,という子どももいる。


できている子どもはちゃんとほめる

できていない子どもには原因を見取って個別に指導する。


マキ先生,ありがとうございました!




このたび,本を書きました。
AmazonのKDPを利用しての出版です。
 

25年前からのパソコン通信


在外日本人学校への派遣や海外での生活
当時のメモ,手帳による記録の仕方
パソコン通信などについて書いています。

私が日本人学校に派遣されたのはもう25年も前のことになります。
帰国するときに,3年間の学びを1冊の本にまとめました。
それから20数年たった今,海外で生活をすることについての経験や,3年間記録を撮り続けたことの良さなどは,今でも通用するのではないかと思い,まとめようと思いました。

帰国の時にまとめた本から,生活編だけを切り取ったものです。
それでもかなりの分量があります。
Kindleによる読書をした場合の換算がAmazonに出ていましたが,265ページほどで,新書による書籍の少し厚い本くらいの量になりました。

以下でも紹介していただいています。

  『25年前からのパソコン通信』(Lyustyle) – Honkure

なぜ本を書こうと思ったのか

以前に出した本から20数年も経っての出版。
今更,なぜ本にしようとしたのかということについてお話します。

簡単に言えば,本記事のタイトルが主な理由です。
教師は,みんな本を書くべきだと,ずっと思ってきたのです。
年間1000時間ほどの授業実践をしながら,さまざまな経験を積み重ねてきた教師です。
その積み重ねが公になり,教師たちのデータベースとして蓄積されれば,それは教育界にとって大きな前進となると思ってきたからです。

もちろんデータベースのひとつとなるためには,Tossランドに寄稿したり,自分でサイトを作ったりするなどの方法はあります。
しかし,個々の教師が「〇〇ブックス」のように自分をきちんとブランディングして本を出すことで,自分が蓄積してきたさまざまな授業実践が形となって残り,それが他の教師の役に立てるということになるならそれは素晴らしいことではないかと思うのです。
ブログから一歩進んで,それらをまとめて本を作る。
ブログがなくても,これまでの自分の教育実践をまとめてみる。

 論文やレポートなどで教育実践をまとめた経験がある人は多いと思いますが,それとは大きくちがいます。
本を書くということは,自分の責任でちゃんとしたものをつくるということでもあり,書きっぱなしではなくたくさんの人に読んでいただくものをつくり,その価値を世に問うというものでもあります。
 教育論文などは,書くこと自体に価値がある,というようなところがあり,私の場合,それが公にされてみんなが読めるようになるというようなところまではあまり考えずに書いてきました。
 また,募集をする団体もそれを公にするのは上位の数点のみです。
 ですから,論文などは自分の実績として残るのみで,その論文が教師にとって役に立つものなのかどうかは分からないままになってしまっています。

 そういうことはとてももったいない。ぜひ,本にしてみんなが買って読めるようになったらどんなに素晴らしいかと思います。
 
 しかし,これまでは教師が本を出すなどということはとてもできないことでした。雑誌などに寄稿しているうちに編集者の目に留まって執筆依頼が来てみたり,話題になるような教育実践を生み出して有名になって執筆依頼が来たり,など,一部の人だけができることでした。
 
 ところが2012年にアマゾンでKDP(Kindle ダイレクトパブリッシング)がスタートしたことによって,だれでもアマゾンで本を売ることができるようになりました。
 通信環境とワープロさえあれば,だれでも本を出せるのです。
 そういう時代になりました。

 このサービスを利用すれば,教師は教育界の一つの財産を創り出すことができます。出版社の編集者の目に留まるような話題性のある教育実践でなくても,地道に行ってきたことに素晴らしい価値のあるものがたくさんあるはずです。

 そこで2012年にKDPが始まったときからそれを利用して本を出版することに挑戦してきました。
 一度書いた本のリニューアルは結構時間がかかります。構成をどのようにするかということについて深く考える必要があり,この間何度も中断してきましたが,この夏に再開して一気に仕上げました。

 私の場合は中断に次ぐ中断で4年もかかってしまいましたが,ゼロから書き始めていればきっとかなり早くかき上げられていたと思います。
 分量も,KDPで電子書籍として売られている本の多くは私のような分厚いものではなく,そんなにハードルの高いものではありません。数か月もかからずに一冊の本ができると思います。

 ですから,教師のみなさん,はぜひ,ご自分の持っている膨大な教育実践を本にまとめらるということの挑戦されてはいかがでしょうか。
 価値あると思うものを10テーマほど選び,ワープロでまとめれば,あとはガイドに従ってアップロードするだけです。
 これは,自分にとっても振り返りとなり,ご自身の教育に関する知見をさらに豊かにすることになると思います。
 もちろん,収入が生まれますので,公務員としては所属の監督機関に兼業の届けなど必要な許可を得る必要があると思いますので,ご確認ください。
 
 今回,自分で出版をためしてみたかったので,一度書いた本のリニューアルをしました。だから,教育に関する実践の本とはなっていません。
 しかし,これをきっかけに教育関係の本をKDPで出していくつもりです。





 

 

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