Lyustyleの教育ちゃんねる

2017年04月

アドバルーンをあげる子どもたち

新年度になり,新しいクラスでの学級経営が始まりました。
子どもたちは「今度の先生はどんな先生かな」と様子を見ています。
時には,わざと離席してみたり,教科書を机上に出さなかったり,友達に話しかけたりするなど,「アドバルーン」を挙げる子どもたちもいます。そうしながら,こちらの出方を測っているのですね。

教師の方は,最初にきちんとさせておかなければ大変ということで,学習規律をいかに徹底させるかということに全力を傾けます。
姿勢,ものの準備,勝手に話をしないなど・・

しかし,なかなかアドバルーンを上げるのをやめてくれない子どももいます。

いつの間にかその子どもにかかりきりになり,だんだんほかの子どももしらけて一緒に騒ぎ出す・・ということからクラスが崩れていきます。

どうしても気になる子どもはいるものです。
でもその子にだけかかわっていると,他の大勢の一生懸命にやる子どもがはなれていきます。
やはり,「だまっていて手のかからない子」にこそ,一生懸命に声掛けをしなければなりません。

よく観察していると,アドバルーンを上げる子供も,こちらのちょっと知的な発問には,「ん・・・」と耳を傾けます。そして何やらぶつぶついったり,ノートに書いてみたりします。
そういう時を見つけて「承認(ほめるのではなく」してあげることを積み重ねると,だんだん,他の一生懸命にやる子どもたちのなかに埋もれていき,いつのまにかアドバルーンを上げない子に代わっていくことがよくあります。

結局,「ん?」と飛びついて,夢中になって勉強したいのです。

授業中にたったひとつの「珠玉の発問」を考えておくだけで,1日のうちに「ん?」という知的な興奮を6回味わえます。

子どもたちがざわついていて困る,いくら学習規律をしっかりしつけようと思ってもうまくいかない,という方は,知的で「あれ?なんでだろう」と子どもが思うような発問を,ぜひ積み重ねてください。
同時に,一生懸命にがんばる目立たない子どもたちを励まし,笑顔で承認してください。
この,大多数が一生懸命にやり続ける限り,大丈夫です。


結局おもしろい授業をすることにつきます。


本を出版しました。

現地児童相手の授業で,ジタバタしながらなんとかおもしろい授業をつくろうとしていました。
私のシドニー派遣教員日記
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先日お知らせしていた電子書籍,「私のシドニー派遣教員日記」出版開始できました。
kindleアンリミテッドでの読み放題に対応しています。
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よろしければ,ご覧いただければ幸いです。

現在,私のiPhoneとiPadProのkindleアプリでは,のkindleアプリでは,目次のリンクがきかない現象を確認しています。
kindle端末とPCのkindleアプリでは大丈夫です。

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目次がはたらかない電子書籍はあるようで,私も別の作家さんの本を見つけました。

IOS版だけのようです。
不思議です。

でも,kindleアプリの上をタップして出てくるメニューに目次が出てくるので,それを使えばいきたいページい移動できますので,実際には目次が機能しなくても困りません。



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4月20日にkdpより新刊が出ますので’お知らせします。
 

「私のシドニー派遣教員日記〜人生に8つの色をつける」
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前著「25年前からのパソコン通信」の続編です。


 私は25年前にシドニー日本人学校に派遣され、1995年3月まで3年間現地の日本人の指定の教育に当たっていました。


 日本に帰ってから困らないように日本の教科書の内容を教えることを期待されながら、現地では社会環境、自然環境などによりそれがうまくいかない、というようなジレンマの中でジタバタしていたわけですが、そこで必死に現地の教育と向き合っていたことが、25年経った今、どのように私を成り立たせているのかという内容です。
 

 8つの内容からなっています。


 オーストラリアの中で日本の教育を行うには時に起こるさまざまなできごとをまずは受け入れることからスタートすることが現在の傾聴の態度へとつながっていることを書いた「まずは受け入れよう」


 日本とのあまりの環境、文化の違いに流されないように、誇りと自信を持ち続ける必要について書いた 「誇りと自信が必要だった」


 異国の中で力強く生きている子ども達からの学びを書いた「子供達に多くのjことを学ぶ」


 とても日本と同じ内容の学習ができない、という状況の中で工夫次第で学習指導要領をクリアしようとなんとか工夫した「なんでもやりようはある」


 現地スタッフや子供達とうまくやっていくために必要だった「折り合いをつけること」について書いた「折り合いが必要だった」


 32歳までまったく英語がわからず、中学2年性の英語の教科書もよめなかった私が、帰国の頃には日本語よりも先に英語が頭に浮かぶようになり、今でも英語の勉強を続けている秘密を書いた「32歳からでも英語は身につく」


 特別な能力も実績もない私でも、継続することでいくつものプロジェクトをやりとげる「積み重ねる力」を発揮する原点となったことを書いた「積み重ねる力」


 付録には、オーストラリアの子供達との一連の図工の授業の記録を載せています。



 全編を通して描きたかったのは、
スマートでなくてもいいから、ジタバタしていてもいいから、真摯に誠実に教育に向き合ったことが今の私を成り立たせている原点になっているということです。


 付録の実践記録など、オーストラリアの子どもたちから大嫌いと言われながらもなんとか彼らを楽しく表現できるようにしようとジタバタ工夫し続けた悲惨な記録ですし、おまけに奇跡も起こりませんでした。それでも、誠実にやり遂げたということが自信となって今の私につながっています。


 だめなら改善すればいいのです。

 それを私はジタバタする、と言っています。


 オーストラリアの子ども達から大嫌いと言われなくなりましたし、私の横であれこれしゃべりながら時には私のものをまねしながら活動するようになりましたので、それをもって成果といって言えなくもありません。

 でも、私に素晴らしい成果かを残したとは到底思えません。


 でもそれでもいいのです。


 教育は長い時間がかかるのです。

 何が成果かわかりません。

 25年経った今になって、あの子ども達が当時の私のジタバタぶりから何か学んでいるかもしれないのですから。


 その時にはだめだったけど、あとからじわじわきいてくる。

そのために、私は今のこの時にやれることを誠実にひとつひとつやっていくということをし通しました。


 それが今の私に自信を与えてくれています。

私はスーパー教師ではありませんが・・・。



 前作「25年前からのパソコン通信」は、主に海外引っ越しから始まる生活編だったし、記録を取り続けるということの有用性を書いた本だったので教師でない方にも汎用性がある内容でしたが、今回の本は、学校内のこと、特に授業記録などをたくさんいれていることから、教師の方によりお役に立てる内容になっているのではないかと思います。


 それでも、執筆中の仮想読者は日頃おつきあいのあるTwitterの仲間だったので、教師でない方でも読んでいただける内容になっていると思います。
 

4月20日(木)、AmazonのKDPよりリリース予定です。

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新しい年度が始まります。

次は何年生の担任でしょうか?

もしかしたら担任外を任されるかもしれませんね。
 

どんな役割であれ、どうぞ置かれたところで美しく咲かれることを祈っています。

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さて、新年度の始まりとともに異動する方もおられると思います。

その時に気をつけることの一番は「異動鬱」です。


これまでの通い慣れた道、居心地の良かった仲間、わたしのことをよく知ってくれている地域保護者の方々、同僚。それらと離れて「未開の地」に赴くのです。
 

また一からの構築になることも多いでしょう。
 

私のことを知っている人は誰もいない。

そんな中で、孤立化し、不安に苛まれ、気持ちがだんだん沈んでいく。

それが異動鬱です。
 

なんとかそれを乗り切ってください。
 

私も過去何度も同じような症状に悩まされ、なんとか乗り切ってきました。
 

新職場で孤立化し、通勤中の車の中で涙を流しながら引き返しそうになる自分を必死につなぎとめながら車を走らせたこともあります。
 

それを乗り切れたと思ったのは、その中の一員となれた時でした。

一員となるといっても形の上のことではありません。
役割上何かに収まってそこで関係ができても、それはあくまで形の上だけでの繋がりです。気持ちの上では孤立したままということもあるのです。


しかし、職場の人たちから知ってもらえることができれば、一員となることができるのです。


わたしが職場のことを知ることはもちろんですが、それ以上にわたしが周りから知ってもらうことはとても大事です。
周りから承認されることによってわたしはこの集団の成員になれるのです。

まさにサピエンスとしてのDNAに組み込まれた本能ではないでしょうか。


そのために、できるだけ職場の人たちと話をしたり、話を聞いたり、お茶を飲みにいったり、何かに連れていってもらったりなど、関わりを深め、近づいていくことです。

そのことでわたしを知ってもらうことができます。


新しい人間関係になれないで、そういうコミュニケーションからも遠ざかっていたら形だけの付き合い、関係しか作れず、自分を知ってもらえないまま。

孤立感を深めてしまうことになります。


ご飯に誘われたら一緒に行きましょう、

飲み会に誘われたら出ましょう。

無理でない程度に少しずつ。


そうして自分を少しずつ少しずつ認知してもらうのです。

そうして早く職場になれ、初期の異動鬱を乗り切ってください。


誰でも最初はこんなもの。

まずは自分を知ってもらうことから始めなくちゃ

ゆっくりゆっくり少しずつ。必ずこの職場での居場所を、見つけることがでくる。焦らない焦らない

そんな気持ちで・・・ 

なお,以下のページに,異動鬱についてさらに詳しく書いていますので,よろしければご参照ください。
 

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