カテゴリ: 大好き!ヨーコ先生

2学期の終業式が近づいてきました。職員室では、ヨーコが通信票とにらめっこしています。
 

「ヨーコ先生,どうしたの?」ユーイチがのぞきこみます。

「あ、先輩。もう通信票の所見はおわりました?」

「いや。まだだよ。」

「あ~よかった。私もまだできてないんです」
 

「ぼくなんか、まだ始めてもいないよ。」

「え~?間に合うんですか?」

「背水の陣って言ってね。もうどうにも間に合わないというところでぐいっとエンジンをかけるんだ。そうすると一気にできるよ。」

「何かあったらどうするんですか?私こわくてとてもそんなことできません」

「まあ、人それぞれだよ。ヨーコ先生は自分に合ったやりかたをすればいいさ」
 

ユーイチは子ども達の所に遊びに行ってしまいました。
 

「大丈夫かな。先輩。」

ヨーコは、ユーイチが「間に合わない間に合わない」と泣きべそをかきながら通信票に向かっている姿を想像してしまいました。
 

「まだ取りかかってないって言っても、ゼロじゃないからね。」

「あ、マキ先生。」

学年主任のマキがいつの間にか座ってにこにこしていいます。
 

「ゼロじゃないってどういうことですか?」
 

「ユーイチ先生は、もうたっぷり書くための材料を用意しているってこと」

「私だって材料はたくさんあるんですけど・・・書こうとするとなかなか書けないんです。」

「どれどれ・・・?」

マキはヨーコの所見をのぞいてみました。
 

「何々。『〇〇さんは、国語をとてもがんばっています。発表もたくさんします。ノートの字がきれいですね。給食をたくさんおかわりしました。黒板消し係をがんばりました・・・・』・・・・。うーん・・・」

マキは頭を抱え込みました。
 

「・・・・だめですか・・?たくさん書いたつもりですけど・・・」

「ヨーコ先生、確かにたくさん書いてるけど・・・。これお母さんになったつもりで読んでみて。うちの子、国語がんばったっていってるけど、何がんばったんだろう?発表たくさんしたのはいいけど、ちゃんとわかってるのかしら。ノートの字がきれいなのは私も知ってる。よく書いてるわ。給食をたくさんおかわり・・・だから何?黒板消し係って何するの?何がんばったのかしら・・・ そうならない?」

ヨーコは「・・・なります・・・」と小さくなります。
 

「字をたくさん書けばいいという訳じゃなくて、具体的にどんな姿だったから、こういうよさがあります、とかここが課題ですのでこうやります、というように書いたらいいのよ」

「はい・・・」
 

「例えばね・・・」
 

マキは手直しをしてくれました。
 

「まず、国語をがんがった、ということから。がんばるにしてもいろんながんばりがあるわよ。例えば・・・」

「『国語では、文から読み取ったことをもとに,進んで考えをノートに書いていました。』とか

『毎日漢字練習を続けて、漢字テストで毎回100点をとることができるなど、努力を継続することができました』とか
 

『友だちの考えをよく聞いて、それらをまとめる意見を発表するなど、友だちがよりよく理解できるような発表をよくしてくれました』とか・・・」
 

ヨーコは目を丸くしています。よくこんなに次々と出てくるなあ・・
 

「こう言うように書いてあげると、『がんばる』という言葉を使わなくても、おうちの方にはすごくよく伝わるのよ。」

「ははあ、たしかに・・・」
 

「その時、より書きやすくなるように、自分の中にテンプレートを持っていたらいいの。」

「テンプレー・・・?」

「意欲的な態度につなげるか、こつこつと積み上げるにつなげるか、やりぬく力につなげるか、友だちの意見をよく聞く、友だちといっしょに学ぼうとする態度とか・・・どういう価値を認めてあげるかをいくつか持っているといいわ。」

「同じ発表でも、このような発表のしかただから意欲的な態度がうかがえる、とつなげるか、友だちの意見をよく聞いて発表したから、みんなの学びをまとめてくれるとつなげるとか・・・」
 

「ふんふん・・」
 

「そして、『こんな具体的なことをした』から『こんな価値がありますよ』というように書いてあげる。そういう文を学習でふたつ、生活でひとつくらい拾い上げて3文くらいで書くようにすると、自分も書きやすいし、その子どものことがはっきりと浮かび上がる所見になるわよ」
 

じゃ、ユーイチが余裕なのは・・・・
 

「ユーイチ先輩に材料がたくさんあるっていうのは・・」

「そうね。昨年、たくさんテンプレートを教えておいてあげたからね。ああやって子ども達と遊びながら、きっとその子の姿をどのテンプレートで価値づけてあげようか考えてるのにちがいないわ」

ヨーコはユーイチも少しは偉いんだな、と思いました。
 

「マキ先生、ちょっとはいい所見が書けそうな気がしてきました。たとえばこの子・・・ポートボールでたくさんパスをしていましたっていうのを・・・・『すぐにシュートが出来そうな位置にいる子どもを見つけてパスをするなど、みんなで勝つために協力しようとする姿がうかがえます』・・っていうのはどうでしょう」
 

「すごい!ヨーコ先生。パスをしただけじゃなくて、意味のあるパスをしようとしているところを先生はちゃんと見ていたんだってことがよくわかるし、それが協力する姿だという価値付けまでちゃんとできてるよ。これはおうちの人も読んでてきっとうれしいわね。」
 

「やったー!」
 

ヨーコはマキにほめられて有頂天になり顔を真っ赤にしています。
 

「協力でもいいし、思考する力にもつなげられるわね。」

そうか・・同じ姿でもよりその子にあった価値につなげたらいいのね。

 

「でもね。ヨーコ先生。私がやっちゃだめって思っていることがひとつあるの。」

「え?禁止事項ですか?」
 

「そこまで大変なことじゃないけど、教師としての意地や自信にかかわるというのかな・・・。私はしないようにしていることがあるの。あのね、それは『コピペ』。同じ言葉を何パターンか作っておいて、当てはまりそうな子にぽんぽん貼り付けていくの。これはやらない。」
 

「でも、あてはまったらいいんじゃないんですか?それに同じ文でも子ども同士で見合わない限り同じ事が書いてあるってわからないし・・・」
 

「そこよ。わからないからこそ。

私たちが見る子どもは一人一人違うので、一人一人に合った言葉がきっと有るに違いない。後から見て、似た言葉でも、これは誰さんに書いた言葉、ってすぐにわかるような文を書きたいと思わない?
コピペはらくだけど、それじゃその子を見ていないことだって思うから、私は絶対にしないのよ」
 

ヨーコは、所見というのは、教師がいかに子どもをしっかり見てその子のよさを伸ばそうとしているのかということに挑戦する舞台のようなものだな、と思いました。

ヨーコの日記

「がんばりました」ではなく、「〇〇など、よく考えていること(さまざま)がうかがえます」のように具体的ピンポイントで書いたらいい。

そのために、いくつか価値のテンプレートを持っておこう。「意欲、継続、努力、協力、学びに向かう態度、考える力・・・」など、具体的な姿をつなげて価値づけてあげられるような・・・

私もコピペはやめよう。後で読んだとき、誰のことを書いているのかが自分でわからない所見は人に伝わりません。

それから他にもこんなことを聞いた。

ほめることよりも認め、勇気づけること

「がんばりましょう」とまるなげするのではなく、「こういうことが課題なので、次学期はこうしましょう」というように具体的な課題と方法を書く。

学校内での受賞や、選出されたことなどは記録してあげること

終業式の朝、ユーイチが目の下にくまを作ってあらわれました。
 

「あらら!ユーイチ先生、その顔いったいどうしたの」

マキが尋ねました。
 

「はい・・ついさっきまで所見書いてました。」
 

「背水の陣って言ってたけど、余裕あったじゃないですか」とヨーコ。
 

「あ~昨日の番、さあ背水の陣だ、今から夜中までがんばって所見書くぞ~!と思って書き始めたとたん『メリークリスマース』っていって、昔のともだちがワインとケーキ持って遊びに来たんだ・・・早く帰ってくれーって思いながら、それでもせっかく来てくれたんだし、と泣きそうな気分で友達に合わせてたけど、結局帰ったのが夜中の2時。それで今まで・・」
 

「それで・・・・間に合ったの・・・?」

「なんとか・・・・。もう、次から背水の陣はやらない・・・」
 

ほーら思った通りとも思うヨーコでした。
 

ヨーコは、それでも5時間ほどで書き上げるなんてすごいなーと思いました。
 

やるじゃん。ユーイチ先輩。私はやんないけど・・・。

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学年主任のマキ先生は、放課後、子どものノートを見終わって職員室に向かっているとき、ヨーコの教室の前を通りました。
すると、教室に電気がついてなにやらかちゃかちゃと音が聞こえています。


「だめだ~」

「あ~やっぱりだめ・・・どうしてなの・・・」


ヨーコはなにやらぶつぶつ言っています。


マキは、またヨーコが何かに困っているんだなと思いました。


ガラガラガラ・・

マキは教室の扉を開けて中に入りました。


「あ、マキ先生」

「どうしたの?真剣そうにぶつぶつつぶやいて・・・だいじょうぶ?」

「あの~、黒板の字がどうしてもゆがんでしまうんです。みてくださいよ」


マキが見ると、黒板には縦に横に、いろいろな字が書かれています。

明日の授業の内容のことや、数字、あいうえおなど、さまざまな内容の文が書き並べてあります。


「まあ、たくさん書いたわねえ」


見ると、縦の字は下に行くほど左によれ、文字の列は「ノ」の字のようになっています。

また、2行目、3行目になるにつれて書き始めの字がだんだん上がって行っています。

よくあることです。


また、横書きの字は、上がったり下がったりして波打っています。

よくあることです。


「ひどいでしょ?」

ヨーコはなさけなさそうにつぶやいています。


「よくあることよ。」


「え?」


「黒板に字を書くなんて、これまでの人生の中で何度もなかったことだから、うまくいかなくてあたりまえ。だれでも最初はこんなになるのよ」

「本当ですか?」

ヨーコはほっとした顔をして、目をくりくりさせています。


「縦の字はゆがんでななめになるし、横の字は波打つし。人によっては右上がりになったり右下がりになったり・・・。ちなみに私は、ヨーコ先生と同じだったわよ」


マキの優しい顔を見て、「わあ・・マキ先生も私と同じ悩みを持ってたんだ・・・」とヨーコは安心しました。


「でも、どうして今ではあんなにきちんとまっすぐに書けるようになったんですか?」

マキの黒板の字はいつ見ても整然としてとても見やすく、ヨーコは自分も早く黒板の字をマキ先生のように書けるようになりたいと思っていたのです。


「こればかりは意識的に練習を積み重ねないと、ただ毎日書いて消してを繰り返すだけじゃ、いつまでたったもまっすぐ書けるようにはならないわ」

ヨーコはすこしがっかりしました。


確かにそうですよね。一朝一夕にできるようなことではないかもしれません。それにしても何か特効薬があるかと思ってたんですが・・・・


「あるわよぉ~~」

マキがもったいぶったようにいいます。


「え?やっぱりあるんですか?あしたからすぐにでもまっすぐに書けるようになる特効薬・・・」

「とても簡単なこと。」


ヨーコはわくわくしています。


「黒板の字を消すとき、黒板消しでうまく字をけすのよ」


「は?」


私は字をまっすぐに書けるようになりたいのに、なんで消す話を?


鳩が豆鉄砲を食らったような顔。ヨーコはこの顔をこれまで何度したことだろうと思いながらぽかーんとしています。


「いい?今からこの黒板を消すわよ。次の授業は何ということにする?」

「次・・・。あの、じゃ、国語で」

「みてらっしゃい」


マキは、黒板の一番右から、黒板消しをたてにすーっと上から下まで一本線で消しました。


それから次の行に移り、また上から下まですーっと消しました。消した線が2本並んでいます。


マキは同じ仕草で、スピードを上げて黒板全部にたての一本線で消していきました。1分もかからなかったでしょうか。


「どう・・・?」

「どうって・・・あ!」


ヨーコは目をまん丸にしました。


黒板には、見事な縦線が何本も引かれています。黒板消しの消し跡が、線に見えるのです。


「これで書いてみて」


ヨーコはチョークに飛びつき、字を書いてみました。


消し跡が縦のガイドになり、一番下まできちんと縦に一本筋の通ったように字を書くことが出来ました。


「わああ・・・・すごいですね」

「ね。便利でしょ。前の時間の終わりに、次の時間の字の方向に合わせて黒板消しを走らせるだけでまっすぐ書けるのよ」


ヨーコは、今度は、自分で黒板を消してみました。


「次は理科・・・」


ヨーコは、黒板の一番左上から黒板消しを横にすーっと走らせ、順番に下に消し後を作っていきます。


「うわああ・・きれいに横線ができる・・これならまっすぐにかけますね!すごい特効薬」

「でしょ?私も若い頃先輩に習ったときにとても助かったのよ。」


「マキ先生だって、そんな時があったんだ・・・・」


「そうよ。だれでもそう。先輩から習いながら、いろんな技が伝えられていくのよ。
でもね、これはあくまでも特効薬。これに頼ってばかりではダメよ。こんな線がなくても横にまっすぐかけるように、意識して書いてね」


二人の様子を、外からユーイチがそっとうかがっていました。

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そして「しめしめ」とつぶやきながら自分の教室で黒板の消し方の練習をし始めたことなど、二人はしりません。・・・とユーイチは思っていました。

ヨーコの日記

何にでもうまくいく技があるんだなあ。マキ先生も先輩から習ったし、先輩もそのまた先輩からうけついできたんだ。

この方法は、黒板を丁寧に消す、ということにもつながる。これまではただ消えればいいと思って消し後のことなんか考えずにぐじゃぐじゃに消してた。でも、こうやって一本一本消すと、時間がかかるみたいだけど、そんなにかからずにその上きれいに消せる。

うれしいなあ。あしたから早速つかってみよう。でもこれに頼らず、まっすぐ書けるような練習も意識してやらなきゃ・・・・

そういえば、ユーイチ先輩も外から見てたけど、きっと明日から同じことをまねするのに違いないわ。故黒板の字を見て、「すごいですねー」って言ってあげようっと。

「なかなか完食にならないわね・・」
 

ヨーコは給食後、飯缶をみながらこぼしています。残した子どもが悪そうにしています。ヨーコはあわてて「いいのよ。一生懸命食べたんだもんね。」と言ってなだめますが,子どもはヨーコ先生を残念がらせていることがつらいみたいです。
 

「いけない。いけない。顔にでちゃう。でも食が細い子は先輩のクラスにもいるはずなのにな。何で毎日間食なんだろう。」
 

残菜は減ったけどどうしても食べてしまえない子どもはいます。

ヨーコは、ユーイチ先輩のクラスには、何かまだ秘密があるのではないかと思いました。
 

残菜は少しだからいいじゃないかとも思うのですか、やはりそれでもヨーコは残すことをもったいないと思うのです。そうして、子どもたちにもほんの少し残すだけでももったいないんだという気持ちを持ってもらいたいのです。

だからと言って、胃袋が小さい子どもに無理やり食べろというわけにはいきません。
 

一体、先輩のクラスではその辺りをどのように折り合いつけているのでしょうか。
 

ヨーコは、今日は給食当番が準備をするところからそっとユーイチ先輩のクラスを伺いました。
 

給食当番の子どもたちは、いたって普通に給食を食器に分けています。

「特に何かあるわけじゃないなぁ、うちとやり方は同じだし」

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ヨーコは、秘密があるとしたらつぎ方にあると思っていました。きっと食べられない子には少なくついで、欲しい子にはたくさんあげているのです。
 

ヨーコも以前、食べられない子は缶に減らしにこさせたことがあります。思った通り、子どもたちは嫌いな野菜を減らしにきました。食べられる子どもがその分食べてくれましたが、ヨーコは好き嫌いを作ってしまっているんじゃないかと感じ、次の日から減らすのをやめたのです。
 

でも、ユーイチ先輩はきっとそれをしているのに違いありません。
 

当番が食事を配り終えると、ユーイチが出てきました。
 

「やはり、今から減らさせるのね。」
 

案の定、ユーイチは「食べられない子は減らしにきなさい」と言いました。

子どもたちが食器を抱えてきて、ご飯を減らしています。
 

「やっぱり。この子たちはこのおかずが嫌いなんだ。だから減らしてる。そして食べられる子どもが食べて完食にしてたんだ。それでいいのかなあ」
 

子どもたちは給食を減らすと元に戻りました。
 

「食べられる子どもにたくさん食べさせた方が、残菜がもったいなくないだけいいのかな。やはり先輩のように減らさせた方がいいのかなあー」
 
 

昼休み、ヨーコはユーイチに尋ねました。
 

「ユーイチ先輩のクラス、食べる前に減らさせてるでしょ?ああやったら好き嫌いが増えないですか?」

「ああ、ヨーコ先生、、何を見てるのかと思ったら。どうして?」

「私は一度減らさせたことがあるんですかど,嫌いなおかずの時にはわーっと減らしにきたのでやめたんです。」

「ああ,好きに減らさせたらそうなるだろうね。」

「どういうことですか?」

「そうだね。子どもには胃袋と相談させなきゃ」

「え?胃袋と?」
 

「そう。減らすのは,嫌いだからではなくて,量が多いから減らすんだ,ということ。今日の給食は自分にとって量が多くて食べられないから減らします,って自分で相談させるんだよ。」
 

「・・・わかるんですけど,子どもってそんなに素直に考えないと思うんですけど。食べられませーんとかいいながら,嫌いなおかずを減らしに来るんじゃないですか?」
 

ヨーコは,自分のクラスの子どもたちの顔を思い浮かべながら「絶対にありうるわ」と思いました。
 

「ヨーコ先生。そこが工夫だよ。工夫。」

「ユーイチ先輩,もったいぶらずに教えてくださいよ。いったいどうしてるんですか?」

「あのね,よーく自分の胃袋と相談するんだけど,減らしたら向こう3日間は好きな給食が出てもふやせない,というルールがあるんだよ」

ユーイチは得意そうに言います。
 

「え?」
 

ヨーコは目をぱちくりしています。
 

「あのね。減らすってのは,量が多くて食べられません,と胃袋と相談して決めたんでしょ?その胃袋は明日には大きくなってるってことはないでしょう,ということだよ。」

「あ,,なーるほど・・」

確かにそれならうまくいきそうです。
 

「もしかしたら嫌いで減らしたいということもあるかもしれないし,そういうこともあるよ。そこは教師として受け止める。子どもはそこで明日の好物をがまんしてまで今日残すのかどうか折り合いをつけるんだよ。それで今日のこしたら,いさぎよく向こう三日間はお替わりはしないんだ。」
 

なんだか,いつものユーイチとは違って立派だなあとヨーコは思いました。
 

「ヨーコ先生。そこがもしかしたら『秘密』なのかな。」
 

横から主任のマキが割り込みます。

「あ,マキ先生!」

ユーイチがきまり悪そうに頭をかきます。
 

ヨーコは,ユーイチはマキからこのことをならったんだなと思いました。
先輩にしては立派なこと言ってたし。
 

「確かに嫌いだから減らすっていうのはよくないけどね。でもどうしても食べられないものってあるじゃない。それを何が何でも食べて慣れて,食べられるようになりなさい!と言われるのは,大人でもつらいことじゃない?だから子どもには,どうしてもだめなときは減らせるんだ,という安心感を与えてあげた方がいいと思うのよ。」

ヨーコの日記

どうしても多くて食べられない子は確かにいる。

うちのクラスのひなちゃんは食が細いから,毎日残して悪そうに返しに来る。

明日からどうしても量が多くて食べられない子は,自分の胃袋とよく相談してへらしていいことにしょう。

もちろん,向こう三日間好きなものでも増やせないよ,というルールで。


「あ〜また、残っちゃった」
 

ヨーコは給食後、飯缶をみながらこぼしています。

「どうしてうちのクラスの子どもたちはあんまり給食をたべないのかしら」


給食当番の子が給食室に飯缶や食器を返しに行くために並んでいました。ヨーコはユキに聞いてみました。

「ねえ。どうしてみんな全部たべられないのかしら」

「時間が短いの。」「そうかなあ。20分あれば十分じゃない。だって、おとなりのユーイチ先生のクラスは毎日完食よ。同じ時間で。」

「だって、いつのまにか時間がおわっちゃうんだもん」

「おっかしいなぁ・・・」


ヨーコは腑に落ちません。全く同じ給食時間なのに、どうして先輩のクラスは毎日完食で私のクラスは毎日完食残るんだろう。


「何か秘密があるのに違いない」


ヨーコは次の日、給食時間にそっと教室を出てとなりのクラスを覗きに行きました。


子どもたちはニコニコしながら給食を食べています。特に変わったところは見えません。

それでも先輩のクラスは完食。ヨーコのクラスはまた残りました。


ヨーコは次の日もまた先輩のクラスを覗きに行きました。

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「センセー。またヨーコ先生がきてますよー」

先輩のクラスの子どもたちが先輩に知らせました。

「きりしま先生。どうしました?」

「あ、いえ・・あの、どうして○○先生のクラスはいつも完食なのかと思ってその秘密を・・・」

「はあ。キリシマ先生のクラスは残るんですか?」

「もう、毎日。子どもたちに聞いたら、時間がないっていうんです。でも先生のクラスも給食時間は同じでしょ?だから何か秘密があるのかとおもって・・・」


「ああ、それなら、これじゃないかな。ん・・・49分か。よし。キリシマ先生。あと1分みていてください。」

「???」


ヨーコはいったい何が起こるのかとおもって見ていました。


ちょうど1分たちました。先輩のクラスの当番の子どもが急に声をあげました。

「50分になりました。これからもぐもぐタイムです。10分間集中して食べましょう」

その合図で、子どもたちはそれまでグループにしていた机を動かし、勉強の時の1人づくえにもどしました。

それからの10分間はこれまでとはうってかわって、静かに給食を食べています。だれもしゃべりません。

聞こえるのは食器のカチャカチャいう音と、さわがしいとなりの自分のクラスの話し声。

みんな食べることに集中しています。


ヨーコは目を丸くして見ていました。


10分後

「あと、5分で給食が終わります。後片付けの準備をして下さい」

子どもの合図で、すでに食べ終わっていたほとんどの子どもたちは、食器を重ねたり給食ゴミをまとめたりして片付けの準備を始めました。その時間も静かです。


やがて5分が経ち、給食終わりのごちそうさまのごあいさつで、子供達は一斉に食器を片付け始めました。残す子どもはいません。


ヨーコは目から鱗が落ちたような気がしました。秘密は「もぐもぐタイム」。静かに集中して食べる時間を10分間つくっていることだったのです。


ヨーコはクラスにとって返しました。同じように食器を返しにきながら残滓を飯缶に戻して行く子どもたちを見ながら、「よーし!あしたから見てらっしゃい」と思うのでした。


翌日、ヨーコは先輩の真似をして「もぐもぐタイム」の導入を子どもたちに提案しました。


「みんな。お隣のクラスが毎日完食できる秘密を見つけたの。もぐもぐタイムよ。」

「もぐもぐタイム?」

「これから最初はいつもの通りに給食を食べましょう。でものこり15分になったら、それからは机を戻して1人になって、お話をせずにもぐもぐ集中して食べるの。これならきっとみんなも食べてしまえるよ。どう?」

「やってみる!」


子どもたちも乗り気です。新しいことにはなんだかワクワクして取り組もうとする子供達です。


「お話タイム」では、これまで通り楽しくお話をしながら食べています。もぐもぐタイムのはじまりをワクワクしながら待っている子どももいます。なんといってもこれでみんな完食できるかもしれないのです。


当番の子どもの合図で机を戻し、もぐもぐタイムが始まりました。とたんに子供達はシーンとなりました。給食の完食ができるならと一生懸命にとりくもうとしてくれているようです。


やがて給食が終わりました。


ヨーコも子どもたちも目を見張りました。


完食とはいかないけど、昨日までの残滓の多さとは比べものになりません。どうしても食べられなかった子どもが決まり悪そうにもどしたほんの少量が残っているだけでした。
「だいじょうぶ!だいじょうぶ!どうしても食べられなかったのね。心配しなくてもいいよ。ほら、こんなに少なくなったんだから」


ヨーコの日記

先輩のクラスが完食できるのは、集中して食べる時間「もぐもぐタイム」をつくっていたからだった。
確かにうちのクラスでは最初から最後までペチャクチャ喋りながら食べていた。これじゃ、時間がないというのも無理ないし、食べることに集中できない。
これからももぐもぐタイムを続けよう。子どもたちも乗り気だし。
でも、それだけじゃない気もする。もぐもぐタイムを作っても残す子どもが少しだけどいる。
でも先輩のクラスでは毎日完食している。まだ何か秘密があるんじゃないかしら。
あの子たちにも完食させてやりたいな。
もぐもぐタイムを増やしてみる?
いや、楽しく会話しながら食べる時間も必要だし、そもそも先輩のクラスではその時間でできてるんだから・・・。
しばらくやってるとなれるのかなー?

 

翌日から、しばらく様子を見ていました。

確かにこれまでとは打って変わって残債の量は減っています。「もぐもぐタイム」をつくるというたったそれだけでこんなにちがうなんて。

教師の工夫ってすごい。そして嬉しい。


でも、一週間経っても少量だけども残す子どもは減りません。


まだ、なにか秘密がありそうですね。

いつも忘れ物をする子どもとたまにしか忘れない子どもとはしっかり分けて指導する。

このことはしっかり自分に言い聞かせていたヨーコですが,どうもはっきりしません。
 

「あれ・・この子昨日も忘れてなかったかしら。」

「あれ・・今日はじめて・・?これまで忘れ物をしたことなかったっけ・・」
 

記憶だけでははっきりしません。
 

そこで,ヨーコは「忘れ物カード」をつくることにしました。

忘れたら,何を忘れたのかを書いてもってこさせるのです。これで記録が残るので,たくさん忘れる子どもとあまり忘れない子どもとが一目瞭然。
 

「リョータ君,もう5回目よ!」

「ゆきちゃんは初めてわすれたのね。」

すぐにわかります。
 

ヨーコは,うまくやった,と自信満々。主任のマキに報告に行きました。
 

「マキ先生!私,あれからだれがどれだけ忘れたかわかるように忘れ物カードつくったんです。」

「へえ。」

「ほら。こうしたら,たくさん忘れたことあまり忘れてない子がすぐにわかるんですよ。あまり忘れない子を叱ることもなくなりました。」

「いい,工夫をしたわね。」
 

マキにほめられて,ヨーコはうれしそうです。

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「リョータ君はもう5回も忘れてるのね。」

「そうなんですよ。今日はしっかりいいました」
 

「理科の教科書ね。初めて忘れたみたいね。」

「え?何言ってるんですか?5回目ですよ。マキ先生。」
 

「ヨーコ先生。リョータ君は,今日理科の教科書を初めて忘れたのよ。それまでの4回は算数。」

「あ・・。本当・・・」

確かに,リョータは,今日初めて「りかのきょうかしょ」と書いています。その前は全部算数でした。
 

「あれ・・・じゃ,今日叱った方がよかったのかな・・でも全部合わせたら5つ忘れたのはたしかだし・・・」

ヨーコは頭にはてなマークをいくつもつけて考え込んでいます。
 

マキはいいました。
 

「細かくみたら,今日の叱り方もかわっていたかもよ。理科の教科書は初めて忘れたのね。こんどからわすれないようにねっていえたかもしれないわね。」

そうかもしれないなと思って,ヨーコはもう一度カードを見ました。
 

「それからもうひとつ。」

マキはいいました。
 

「リョータ君,算数を4回も忘れてるでしょ。もしかしたらなくしちゃってるんじゃないの?」

ヨーコははっと思いました。そうかもしれません。
 

「忘れ物にも,単にうっかりの場合もあれば,何かわけがある場合もあるわよ。なくしたとか,整理がうまくできてないとか,習慣がきちんと身についていないとか。せっかく忘れ物カードはじめたんだから,そこまで見えるようになったらいいわね。」
 

ヨーコは感心しました。記録するだけだと思っていた忘れ物から,こんなにいろんなことがわかるんだ・・・。

ヨーコの日記

忘れ物カードって,どれだけわすれたかすぐわかるからいいな。

子どもにも自分がどれだけわすれたか気づけるから,忘れないようにしようって思えるみたい。

それにしても,忘れ物の中味をもっと細かく見なきゃ。単にうっかり忘れたのか,それともなくなったりなど何かわけがあるのかそういうことを見取ってあげないと。

 

翌日,算数の時間,やっぱりリョータが「さんすうのきょうかしょ」と書いて忘れ物カードを持ってきました。こころなしかおずおずとしています。さすがに5回目ともなるといくら元気なリョータでも言い出しにくくなるようです。
 

ヨーコは忘れ物カードを受け取ると,じっと見ていいました。
 

「リョータ君,もしかしたら算数の教科書がなくなったんじゃないの?」

「うーん。なくなったみたい・・・」
 

ヨーコはクラスのみんなに問いかけました。「リョータ君の算数の教科書がなくなったんだけど,だれか間違えてもってない?」
 

翌日,間違えてもってかえっていた子どもが「家にありました」と言って持ってきました。

リョータはほっとした顔をしています。


「聞いてくださいよ!マキ先生」
 

お昼休み,ヨーコがぷーっとふくれてマキの教室にやってきた。
 

「どうしたの?ふぐみたいになって」

「うちのクラス,忘れ物が全然減らないんですよ。毎時間,「教科書忘れました」「ノート忘れました」ってずらっと私の前にならぶんですから。」

「ふふ。大変ね。」

「もう。笑い事じゃないですよ。それでね,実は困ってることがあって・・」
 

忘れ物が多い以上に困ってることって何だろうとマキは思い,ヨーコの方に向き直る。
 

「実は,授業の前に忘れ物をした子が並ぶんですけど,最初は「今度から忘れないようにね」と言って帰すんです。でもそれが5人くらいになってくるとだんだん腹が立ってくるんです。」

「ふんふん。」

「それで8人目くらいになると,同じもの忘れてるのについおこっちゃうんですよ。腹が立って。」

「それは考え物ね。指導は公平でなくちゃ。」

「わかってるんですよ。それでもこう・・・・重なってくるとだんだん腹がたって・・どうしたらいいんでしょう?」
 

ヨーコの悩みは,よくわかる。
私も若いころは同じことで悩んだっけ。
 

「ヨーコ先生。その悩みには実は,もう一つ問題があるのよ。気づいてる?」

「なんですか?」

「それは,先生が腹を立ててる子って,普段あまり忘れない子ってこと。」

「え?・・・・・」
 

そういえば,さっき「もうちゃんとわすれないでもってきなさい!」と叱った子は,あまり忘れない子だったな。悲しそうに帰ったっけ。
 

「そして,先生がやさしく「今度から忘れないようにね」って言って帰す子どもは,ほとんど毎日忘れてる子。ちがう?」

「そういえば・・・」
 

最初の方に並ぶのは,たいていいつもの子たちだ。
 

「ヨーコ先生。最初に並ぶのは忘れ物をし慣れてる子たち。だから,忘れたらできるだけ早く先生の所に行って許してもらえればいいってことをよくわかってる子たちなの。だからさっと並ぶでしょ?」

「はい。」

「でも後の方に並ぶ子たちはあまり忘れ物しないのでいざ忘れたときに先生に言いに行くのを躊躇してでおくれてしまってるのよ。先生はそれに気づかないで,いつも叱る相手を逆にしてるわけ。最初に来る子どもたちの方がむしろ叱られないといけない子供たちみたいね。」
 

そうだった・・・!目からウロコ…!たしかに。私は叱らないでいい子たちの方を叱ってたんだ・・

ヨーコの日記

今までなんで気づかなかったんだろう。

最初の方に並ぶ子たちはともかく,後の方の子たちは普段忘れ物をあまりしない子たちばかりだった。

それなのに,後の方になるにつれてだんだん腹が立ってくるもんだから,ついその子たちの方を叱っちゃってたんだ。あ~ヨーコ何やってんの。

明日からちょっと叱り方変えなきゃ。並び順に関係なく,いつも忘れる子とたまに忘れた子とはわけて考えなくちゃ・・・

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昼休み。

主任のマキが教室で子供たちの日記を見ていると、3年2組のヨーコのクラスの子どもたちがやって来ました。
 

「あら、リョータ君、ユキちゃんも。どうしたの?」

「先生、ヨーコ先生が変なんです」

「変?」

「なんかぁ、なにやってもぉ、ほめるの・・・」

「いいことじゃないの。みんなもほめられて嬉しいでしょう?」

「ちがうの!マキせんせ。」

ユキが腕をぶんぶん回しながら言います。

「あのね。ノートにね。書いたらね。ほめるの。」

「?」


「・・・あの、ノートに黒板の字を写してるだけなのに、上手ねぇとか、えらいねぇなんです。」

お姉さんっぽいユリがフォローします。


「そうなの?それは困ったねえ。あんまりうれしくないね・・・」

マキ先生にはちょっと思い当たることがありました。


・・・


5時間目、マキ先生は子どもたちに計算問題をさせている間、隣のヨーコの授業をそっと見に行きました。


「ははぁ、たしかに・・・」

ヨーコのクラスは図工の時間で、ヨーコは絵を描く子供達の机の間を回っては一生懸命にほめています。


「まぁ、上手ねぇ」

「あら!ユキちゃんも上手!

「わ!じょうず〜!」

「あらあら!リョータ君も上手!」

ヨーコは髪を振り乱して子どもを手当たり次第にほめています。


「あちゃー・・・」

マキ先生は頭を抱えました。


「たしかに、子どもは叱るよりほめられる方が頑張る気になるわよって言ったけど、これじゃ・・・」

マキ先生は、リョータやユキちゃんやユリが困っていたことがよくわかりました。


・・・


放課後、職員室で,マキはヨーコに今日見たことを話しました。

「なんだか,やたらとほめてたわね。」

「はい!昨日マキ先生からしかるよりほめて育てるほうが子どもはやる気になるって聞いたので,今日は,いっぱいほめました!」

「そう・・・」


マキはどうしたものかという顔で,目をくるっと一周させました。

「・・・?マキ先生どうしたんですか?」

「あのね。ヨーコ先生は,図工で子どもの何をほめたの?」

「え?あの,上手だねって・・・」

「何が上手だった?」

「何って・・・えーっと・・・・」


マキはヨーコに自分のクラスの子どもが描いた絵を見せました。

「わー上手!」

「どこが上手?」

「この海の色がすてきですね。いろんな青が使ってあって,きれい。白い絵の具でてんてんと書いてあるから水しぶきの感じがよくでてますねー。」

マキはにっこりしていいました。

「ほら。ヨーコ先生。今,立派にほめてるわよ。」

「え?」

ヨーコはきょとんとしています。


「何がどうだから上手だってひとつひとつ言えたでしょ。それがほめるってこと。」

「はぁ・・・」

「あのね,いくら上手,上手っていわれても,どこがどんなだから上手なのか言ってくれないと,言われた人は何で褒められているのかわからなくてとっても困るのよ。」

「そうですかねぇ・・」


マキはヨーコに向き直りました。

「あ,それjはそうと,ヨーコ先生,今日はとってもきれいよ。」

「ほんとですか!?」

「そうよ。今日はとってもきれい。」

「わあ,うれしい。ねえ,どうしてですか?どこがきれいなんです?」

ヨーコはわくわくして聞きました。

「そうねえ。きれいなのよ。きれい。今日はきれいよ~」

「もう。先生,もったいぶらないで教えてくださいよぅ。きれいきれいって,どこがきれいかわからないと困りますぅ」


「ほらね。困るでしょ?」

「え?」

またまたヨーコはきょとんとします。


「ヨーコ先生は今日の図工の時間,子どもたちに上手だ上手だっていってたけど,子どもたちは何が上手だかわからなくてとっても困ってたのよ。いまのでわかったでしょ?」


確かに。きれいだっていわれたけど,何がきれいかわからないので,あんまりうれしくありませんでした。(あ,そうか。上手っていわれただけじゃうれしくないんだ・・・)


「特に,図工とか音楽とかでは,かんたんに上手っていう言葉を使わないようにしないと。それよりも筆の先でていねいに塗ってるね」とか「色と色が重なっていてきれいな別の色ができたね」とか具体的にいってもらったほうがうれしいのよ。」


「マキ先生,ありがとうございました。よくわかりました。」

ヨーコはにこっと笑うと,教室に上がります。職員室からでようとして,入れ違いに先輩のユーイチが入ってきました。3年3組の担任です。3年目の先生で,ヨーコの1年先輩です。


「あ!ユーイチ先輩。あの,えーと。先輩の今日のネクタイ。少し短めでよれっとしているのがすてきですわ!それじゃ!」ヨーコは張り切って職員室を出ていきました。

「マキ先生。なんですか?ありゃ」
ネクタイをしめなおしながら,ユーイチがマキの向かいに座りました。
「ちゃんとほめる練習をしてたのよ。」

「はあ?」


ヨーコの日記

今日はまた大事なことを学んだ。

「上手!だけじゃだめなんだ。何がどうだからじょずなのか。それをいわなきゃ。

できたら上手という言葉を使わないでほめるのがいいんだそうだ。

この色の組み合わせは,よく目立っていいね,みたいに具体的にいわなきゃ。

明日は,具体的に言葉をかけよう。


翌日

マキがそっと3年1組をのぞくと,ヨーコが一生懸命にほめています。


「リョータ君。線からはみでないように丁寧にぬってるねえ。」

「まあ,ユキちゃんはこんなに細い線がひけるのね。すてきね。」

「ユリちゃんのパレットにはたくさん色が出てるね。だから画用紙の絵がこんなにたくさんの色でできてるんだね。」

 40


みんなにこにこしていました。

(よし!やったね ヨーコ先生)マキはそっと教室を出ました。
 

「では,めあてを書くからみんなも書いてね」
 

ヨーコは黒板の方を向くと,めあてを書き始めました。

書き上げるのに2分。その間,子どもたちはノートに一生懸命めあてを書いていましたが,ヨーコの書くめあての言葉の先を見越して書いてしまった子が何人もいます。

そういった子どもは,もぞもぞし始めます。
 

やがて,となりの子に話しかける子。

落ちた消しゴムを拾いにいく子。

そういう緊張が崩れてきた状況を見計らって,鉛筆を削りに行く子もいます。
 

子どもたちはだんだんざわざわしはじめます。
 

「みんな 静かに!たって歩いちゃダメでしょ!」

ヨーコは子どもたちの方を向いて注意しましたが,また黒板の方を向いて書き始めると,ざわざわざわ・・・・・
 

・・・職員室で
 

「マキ先生,黒板に字を書いている間に,どうしても子どもたちがざわざわし始めるんです。先生はどうされてますか?」

中休み,ヨーコは,主任のマキに聞いてみました。
 

「そうね。私たちって、電子黒板でもない限り、必ず自分で黒板に字を書かないといけないから、どうしても子どもに背中を向ける時間ができます。」

「はい」
 

「だから、問題はいかにしてその時間を短くするかってことよね。」

マキは、ヨーコの方を向き,話し始めます。

続けて背中を向ける時間を短くすること

「ひとつは,連続して背中を向けている時間を短くするっていう方法があるわね。」

「はい?」

「めあてを書き始めたら,最初の「,」や,言葉の区切りでいったん子どもの方を向くの。そうして,みんながノートに書き始めているかどうかチェックする。」

「あ,なるほど・・・」
 

「ひとつのことを書く間に何回かに分けて子どもたちをみるようにすると,連蔵して背中を向けている時間が短くなるので,子どもたちの集中はくずれにくくなるわよ。」

「そうか!さっそくやってみます!」
 

たしかに,その方法なら,何度も子どもたちの方を向くので,席を立ち始めたり,隣の子に話しかけたりすることはなくなるでしょう。

「穴埋め」にして集中させる

「ふたつめは,めあてにしても問題にしても,わざと空白をつくって書いておく,という方法があるわよ。」

ヨーコにはどういうことだかわかりません。
 

「空白にしておくと,その分書かなくていいから早く書き終えられるでしょ?そうして,いち早く子どもの方を見て,教室を回り始めるの。穴埋めは自分でしなさいということね。」

「ああ,そうか!」
 

そうしたら,子どもは空白部分に何と書いたらいいのか,私の話を思い出したり,前後の言葉の関係から推し量ったりしながら完成させることができます。その間子どもの集中は続くのです。
 

「そうして黒板に戻って,空白分を埋めて板書が完成ってわけ。どう?子どもたちからはやったーって声があがって気持ちをさっと束ねられるわよ。」

ヨーコはしきりに感心しています。

背中を向けていても,背中に目を持っていると子どもに知らせること。

「でもね。もっと大事なことがあるのよ。」

「何でしょうか?」
 

「それはね。背中を向けていても、子どもたちが先生から見てもらっているっていう安心感を持たせることなのよ。背中で見るってことね。」

「背中で見る・・・?」
 

ヨーコは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてきょとんとしています。
 

「背中を向けていても、子どもが何をしているかわかるという先生もいるわ。」

「本当に?」
 

「子どもとの信頼関係といってもいいかもしれないわね。心で繋がってるから、背中を向けていても子どもたちは安心していられるのよ」
 

ヨーコは目をぱちくりさせていたが,にこっとしてマキに礼を言うと教室に上がって行きました。

ヨーコの日誌

子どもになるべく背中を向けないで、黒板に字を書く技術を身につけないといけないけれど、同じくらい頑張って、背中を向けていても子どもたちが私から見守られていると思えるくらい信頼関係を築きたい。

そして、私も背中に目をつけます。

 


「うわー先生,背中にめがある」 

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いや,いや,これはちょっとちがいますよね。
 

採用2年目の若い先生 キリシマヨーコ先生のお話です。
ヨーコ先生は,里山小学校の3年生を担任しています。
元気で子どもたちが大好きな先生ですが,学ぶことはたくさんあります。
そんなヨーコ先生が,少しずつ成長していくお話です。

*   *   *

運動会シーズン。

里山小学校では、あと2週間後に控えた運動会の練習に,先生たちは目の色を変えています。


ヨーコも例外ではありません。採用2年目になったヨーコは,はりきってステージの上に立ち、ダンスの指導をしていました。


「もっと手を伸ばして!そしてピタッと止める!」


ヨーコは何度もやって見せますが、子どもたちは肘を伸ばしてピタッと止めるところがなかなかうまくいきません。


3年生の子どもの中には、自分の肘が曲がっていても、自分ではまっすぐだと思っている子どもがいます。だから、注意されているのが自分だということに気づかないのですね。


前から見たら、ヨーコにはその子どもたちばかり目に入ります。だから何度も同じところを注意してやり直させていました。


子どもたちはそのうちだんだん飽きてきました。いつの間にか集中も途切れて、体をピタッと止められない子どもが増えてきてしまいました。


「ダメでしょ!みんなちゃんとしなさい!」


ヨーコは焦ってますますやり直させようとしますが,子どもたちの集中は戻りません。

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ベテランの主任、マキがステージに上がってきました。


「ヨーコ先生。少し休憩を入れましょう。」

「は・・・はい・・」


子どもたちはグターっと座り込み、途端におしゃべりか始まりました。


「ヨーコ先生。子どもたちのできないところばかり目に入ってたでしょう?」

「はい・・。肘が曲がってると、踊りにメリハリが出ないので、なんとかまっすぐにさせたかったんですけど・・・」


「そうね。ところで、肘が曲がっていた子、どれだけいたか知ってる?」

数を把握する

「え?どれだけ?・・・・たくさんいたと思います。」

「何人くらい?」

「え?あの・・・半分・・・くらい・・・?」

「12人。」


「え?それだけ・・・?」


ヨーコはびっくりした。てっきり50人くらいいるかのような気がしていたからだ。


「気になると、その子ばかりが見えてしまうから、実際よりも多く見えてしまうのよ。だから、いっぱい、とか半分とかじゃなくて、数を確認しなくちゃね」


「あ・・・はい」


12人。数えられる数だ。「たくさん」ではなかった。


そしてもう一つ大事なことがあるの。」

「え?なんですか?」

できている子どもをほめつつ,できていない子どもを個別指導

「ヨーコ先生のやっているように、ピタッと手を伸ばして体を止めることができていた子どもたちはどのくらいいたか知ってる?」


「はい・・・あまり見てませんでした。できてない子どもばかりが見えてしまって・・・」


「そうでしょ?きれいにできてた子どもは、100人中半分以上もいたのよ。そして残りは完璧ではないけどもう少しでできる子。つまり,ほとんどの子どもたちは,ほぼ合格点なの。全員をなんどもやり直させることはなかったの。」


「でも・・・、そうしたらできない子どもはどうしたらいいんでしょう?」


「ほとんどの子どもは完璧じゃないけど合格点はあげられる。だからどんどん褒めて、気持ちをつなげること。そしてどうしてもできない子どもを後からそっと呼んで個別に指導といったところかな。」


ヨーコは目を丸くして聞いています。


「ひじに手を当ててゆっくりと伸ばしてあげるのよ。そしてピンと伸びた状態を作ってあげたらいい。その子どもは,手が伸びたというのはこんな感覚の時なんだって気づくのよ。」


「ああ、なるほど・・・手が伸びている感覚・・・」


大勢の子どもたちはできていることを褒められ、モチベーションはどんどん高くなっていく。

できない子どもたちは個別指導でほんの少しでもできるようになる。

それでいいのでした。


「どうしても私たちはできない子どもの方に目がいっちゃうのよね。そしてできているたくさんの子どもたちと一緒にしかっちゃったり、繰り返し何度も同じことをやらせたりする。大勢を指導するときに気をつけないといけないことよね」


そのあと,ヨーコはマキといっしょに,うまくできている子どもを前で踊らせて見せたり,今一つの子どもたちに「ずいぶんじょうずになったね!」と言ってほめて回ったりしました。子どもたちは喜んでダンスに集中し始めました。

ヨーコの日誌

どうしてもできてない子どもに目が行っちゃって,すぐに注意してしまっていた。


でも,数を確認すれば,むしろ全体ではちゃんとできている子どもの方が多いということがわかる。

できてなくてもふざけたりだらだらしたりしているわけではなく,「できていない」という感覚がわからないだけだ,という子どももいる。


できている子どもはちゃんとほめる

できていない子どもには原因を見取って個別に指導する。


マキ先生,ありがとうございました!




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