Lyustyleの教育ちゃんねる

カテゴリ: 1年生との付き合い方

8月2日 №65

me
保護者の皆さんもだんだん雰囲気に慣れてきて,ご意見をいただけるようになってきました。
どんどん中身が充実していきます。


司会

 先程のCさんのお話しし、司会としては大変感謝いたしております。
 特に「1人で読みなさいと言っても読まないから仕方がないので読んでyっていた」と言う件は大いに反省させられました。その晩、家に帰って息子に読んでやったものです

Dさん

 12箇条の方が私もどきっとしました。特に名作や良書だけを読ませること、子どもが本を選ぶ時に口出しすることと言うところです。
 確かについ自分がいいなと思うん本だけを買い与えていたような気がします。

参加者

 そうそう。うちもだわ。

Dさん

 この頃,図書の時間を楽しみにしていて、「こんな本借りてきたよ。」と得意そうに自分の選んだのを見せます。

 子どもによって興味も違えば読むスペースも違うのに、今まで何かと無理強いしていたのかな、と反省しています。

 これからは子供が選んできた本を親も一緒に楽しく読みたいな、と思っています。たとえそれが理科の時間でも。

司会

 ありがとうございました。
 子どもの思考力は、自ら考え、決定していくことで伸びていくわけですが、図書を自分で選ぶことにも当てはまるのでしょう。


 しかし,かといって何でもかんでも任せてしまうというのでは放任なわけで、子どもたちが選ぶときのもとになる思考の種として、私たちが環境整備、例えば読み聞かせなどを行う必要があるのではないかと思います。

Eさん

 環境について。

 学校の図書から,最初は図鑑ばかり借りてきていました。


先日学校から「ニルスの旅」を借りてきて「この本僕には難しいけど先生も子供の時に読んでとても面白かったんだって。お母さん読んでくれる?」と言われて「先生の力ってすごいなぁ。」と思いました。

司会

 そうでした。返すときに「自分で読んだの?」と聞くと「ううん。読んでもらった。」と答えたので感心した覚えがあります。

Fさん

 ひらがなが読めるようになってからは自分で本を読むようになりました。

 今では眠る前に弟に本を読んであげたりしています。


 国語でおむすびころりんを習ってからは、図書から借りてくる本も図鑑から物語になりました。

 子どもは興味を持つ時期がそれぞれ違うので、無理せず「本を読んで」と言ってきたら読んであげたらいいと思います。

司会

 ありがとうございました。まだまだご意見が終わりかと思います。


me

 このあと,まだまだ討論会は続きます。 

 Eさんのお話の中で,先生も子どもの頃に留守を読んで面白かったそうだから,読んでくれる?と保護者に頼むところや,「おむすびころりん」を習ってからは,図書館から借りてくる本が図鑑から物語になったというところなど,今回読んで,改めて,学校教育の重要さと責任を感じました。
 
 
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7月29日 №64

me

いただいたご意見をもとに学級通信で紙上討論会という形に構成する試みです。

その第2回をおとどけします。

前回からの続きです


司会

さておいしいお茶とお菓子の後はCさんどうぞ

Cさん

はい。こうしたら?と言う提案はできませんが、家の子の今までのことをお話しします。


家の子も本好きで、小さい頃からたくさんの本を読んであげました。

毎日毎日読んで読んでと何冊も。そして1冊お気に入りができるとずっと同じ本を1週間、2週間続けて読んであげていました。


ひらがなは読めるようになり、そろそろ自分で読んだらといってもやはり読んで読んでと、自分では決して読もうとはしませんでした。

仕方がないので今までずっと小さい頃してあげたのと同じに読んであげてきました。


ところが1年生になって音読が好きになってから急に自分で読もうという気になってきたようで、自室で黙々と読んでいる姿をある日焼けしました。

司会、参加者

ほーっ(感嘆のため息)

Cさん

時期を待っているのが良いと言うことでしょうか。


でも夜は読んで読んでと相変わらず毎晩読んであげています。

司会

ありがとうございました。
おうちでのかかわりなしには教育は効果が上がらないと言う思いを強くいたしました。
このような支えがあってこそ我々の仕事は子どものためになっていくのですね。


今のお話でどなたかご意見をお持ちの方…。


(…と、会場見回し発言を促す司会者)


●第一回の討論会に意見が寄せられ、嬉しく思っております。さてせっかく出された意見ですので、何か反応をお待ちしています。ほんの1行の反応でも意見の発信者としてはすごい張り合いになるのです。



はい。
この時点では,まだ数点しかご意見をいただいていなかったと思います。

だから(会場を見回して発言を促す)などと書き込んでいるのだと思います。


「何か反応をお待ちしています」としきりにご意見をお願いしていますね。


しかし,当時の保護者の皆さんは,結構応えてくださいました。
この後,なかなか充実した討論会になっていきました。
まだまだ続きます。

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7月29日 №63


me
 今回は,紙上討論会です。保護者を教育に巻き込み,連携してよい教育につなげようと思って学級通信を出してきましたが,保護者からいただいたさまざまなお手紙をただ紹介するだけでなく,編集して読み物に仕立て上げれば,より参加しているという感覚がたかまるのではないかと思って,ご意見を募集しました。

 いくつかご意見が集まったものを,形にしていったものを,これから数回に分けてご紹介します。


第一回市場討論会「読書指導について考える」


匿名希望とは書いてはいらっしゃらないのですが、一応匿名といたします。

余計なことでしたら申し訳ありません。

臨場感を出すため会話タッチにしましたこれも勝手にしてしまってすみません。

Aさん

「家では指導らしい事は何もしていませんね。音読カードがあるので,一ます進みたいがために自分の読みたいものを読んでいますよ。

最近ではひらがなをすらすら読めるようになってきたので自分から家の本を読んだりしています。

司会

ありがとうございました。

Aさん宅では「音読カード」が唯一の指導と言う事ですね。

しかしお話では「自分から家の本を読んでいる」ということです。カードだけではなかなかそうはならないと思っていらっしゃる方も多いでしょう。

きっと音読カードプラス何か秘訣があると思います。奥さんへの関わり方がきっと良いのだと思われますが、お気づきでないのかもしれません。また、家の中に何らかの環境があるのかもしれません。ぜひそのことについて再度お考えの上、お教えいただければと思います。

Bさん

その「環境」についてですが、面白い本を借りてきておりますのでご紹介いたします。チャッツウッドの図書館で借りた「海外子女教育マニアル」という本です。その中に「子どもを本ぎらいにするには」と言うことで次のように述べてありました。

子供を嫌いにするには…

1.読み聞かせや語り聞かせをしないこと

2.早く文字を覚えさせようとすること

3.子どおにもっと難しい本を読めと言う事

4.書店で子供に本を選ばせるときには口を出すこと

5.名作や良書だけを読ませること

6.本を読め読めとだけ言う事

7.わが子がどんな方読んでいるか気にしないこと

8.本を買い与えさいしていれば良いと思うこと

9.読書しなくても子は育つと思うこと

10.高すぎて買えないと思うこと

11.全集をそろえたがること

12.読書感想文を書かせたがること

司会

ありがとうございました。早くも極めつけの資料の登場といったところですね。

「この12のことを忠実に守ればあなたのお子さんもきっと立派な本嫌い。」といったところでしょう。

この12箇条はいくつかのバージョンがありまして、別の本でお読みになった方もいるかもしれません。この「海外市場マニアル」も引用であると思われますが、お分かりでしたら参考までにお教え下さい。

Bさん

娘の場合、自分からは読まないとは言っても、私が読み聞かせると夢中になり、かなり感情移入してしまいますから「この段階から少しずつ」と思ってあせらない方が良いのかもしれないなあとも考えています。

司会

ありがとうございました。

それではこの辺でティータイムにしましょう。


me
第1回はこんなところでした。
第2回に続く
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7月28日 №62
lala2

紙上討論会へのご参加を

 さて、教育は親と教師の協力のもとに作り上げていくもの。そのためにエミュークラブがあります。
 より質の高い教育を作り上げるためには教師からの一方通行ではダメです。


 あるお母さんから読書指導についてのご質問をいただきましたので、これを機会としまして、第一回の紙上討論会を開きましょうよ。


 生活カードに気軽にお書きください。

 匿名が必要であればそのようにいたします。


 題は、


読んでもらうのは好きだが、自分から読もうとしないことを指導すれば良いか。


です。これでいいですか。別に緊急の題があればどうぞ。


 読書指導についておうちでとられている方法、失敗例、成功例をお寄せください。


※尚,情報はGive and take が原則。「どなたかが書いてくださるでしょう。」ではそのまま立ち消えていく宿命を、この紙上討論会は背負っておりますのでどうかよろしく。

結ぶ(4)

 今日(27日)も子どもの様子を見た。
 今日は包んでもらってきている子が食後に自分でナフキンを結ぶ様子をみたかった。
 その子は実にしなやかな手つきで結んでいた。

 食べ終わってそばにいた子が「私もやらせて」と言って結んでいた。しなやかであった。
 この子もナフキンで包んでもらってきている。

 もう1人やってきて「こんなの簡単だよ」と言って上手に結んで見せた。
 この子はナフキンは無い。


 私は遠くからこっそり見ていただけである。何も意識付けはしていない。

 しかし子どもたちはお弁当のナフキンを通して、自然に結ぶ遊びをしていると言う事実がそこにはあった。


◆何とか学級通信で保護者同士をつなげよう,輪を作ろうといろいろと考えてみましたが,いただくお手紙を元にそれを編集して座談会方式で伝えたらいいんじゃないかと思いました。
 そこで,上のように保護者に依頼したのです。 
 我ながら実にいいアイデアだと思いました。
  結果は何人もの保護者からお手紙をいただきましたが,その後の編集が大変でした。

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7月26日 №59

●むすぶ!

ちょう結びを教えようとして諦めました。

それは、2回結ぶうちの、最初の結びがまだできない子が10人近くいたからです。


これは、学校の時間を割いてやっていたのでは莫大な時間がかかりそうだったので、お家で習っておいでと指導をやめちゃいました。


「お家で結んだことない?」と聞くと多くの子が「うん。」と言います。


考えてみれば、くつもひもぐつではありませんし、寝間着もゆかたではありません。

お誕生会のプレゼントのリボンも結んであげていますと言うお話も聞きました。


よい機会ですから、教えてあげていただけないでしょうか。


継続的な指導は私がしますから。

結ぶ(2)

それにしても「結ぶ」と言う行為は、自然な営みの中で、ではなく、意識的に教えなければならないとは「便利な社会」もかなり危うい。


私も「結ぶ」ことぐらいは教えようと思ってそういう場を探したが…

なかなか見当たらない。


ネクタイを結ぶことができるが、ひもを結ぶことができない。

子どもにとっては別の技術なのだろう。


プレゼントのリボンを結んであげると言うのは、私の連れ合いも言っていた。


子どものすることを取ってしまわずに少しくらい下手でも自分でさせる機会を多く持たせることが大切なのだろう。

結ぶ(3)

ところでランチタイムに妙に気になることがあった。


ある子どもがスプーンで食べていたのだが、フォークに持ち変える時にスプーンを直に机の上の上に置いたのだった。


「ナフキンでもあれば良いのに。」と思ってはっとした。



子どもたちは弁当を布で包んでいないのだった。


そのまま袋の中に入れてもらってきているのだ。


ナフキンで包んで来ている子は,それをほどいてそのままナフキンとして使用し、食べ終わったらまた包んで持って帰るのだ。



ここまで見ていてまたはっと気づいた。「結ぶ」と言う行為のチャンスがここでも失われていると言うことに。


ナフキンで包んでもらってきている子は,しまうときに「結ぶ」と言うチャンスを持っているのだ。


結べる子と結べない子。


これと弁当のナフキンのあるなしは、きっと相関関係にある!


もし相関があればぜひナフキンで弁当箱を包んでもらうようにお願いしよう!

そう思ってナフキンで包んで来た子を調べてみた。



結果は5人だけだったのではっきりとわからない、と言うのが正しい。


結べる子3人対結べない子2人。


相関があるとは言えなかった。残念。



●まぁしかしナプキンにする意味で包んでやってくださいな。

ワトルがり

小春日和などと言うものがここにあるかどうかわからないが、久しぶりの陽気だったので、生活科の時間に「もみじがり」ならぬ「ワトルがり」に出かけた。


正面玄関の前にGolden Wattle。


事務室の前にQueensLand Silver Wattle。


駐車場にCootamandla WattleとBlack Wattle。


こっそり校門から外に抜け出して ブーラリー・ロード沿いにSweet Sented Wattle。



●ブーラリー・ロード沿いは種々のWattleの宝庫ですので、ぜひ連れて行きたいものですが…。

今日1日ですが、すっかりワトル好きになった子どももいます。

ただ、花粉症が心配で・・・。

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7月21日 №57

20までの数

今日のヤマは、数が線上に表されること、目盛りは等間隔であること、右へ行くほど多くなり、左へ行くほど少なくなること、などの学習である。


こんなのはなるべく体で覚えさせたい。数の概念を体の中に作っていくのである。


まず教室の後ろの床に、タイルに沿ってすーっとガムテープを貼った。


次に左端を0,タイルの1つを1目盛りとして子ども一人ひとりに「16のところで止まってください。「14のところで止まってください。」などと言って歩かせた。


そして止まったところに、数のカードを置いていった。


2326



全員歩き終わると、教室の床に「かずのせん」が出来上がった。


これを使って「13より3大きい数は…。じゃぁ、3歩歩こう,1、2、3。あ、16だ。」などとやっているのである。



「プリントの問題を見てわからない子は、教室の後の「かずのせん」に歩いて確かめに行く。


遊びが学習に変わる

 子どもが遊んでいる姿から教えられた。


 ある子が2とびで歩き出したのである。

 2とびの数え方の練習にとても良い!


 2歩ずつとばしながら歩く。

 歩きながら数える。

 リズムで数えられる。


 「かずのせん」は、2とびの数え方の練習になった。


 休み時間には「かずのせん」を「2,4,6,8,10,12…」と言いながら何人もの子どもが歩いた。つまずかないで言えるようになるまで何回も歩く子もいた。


「かずのせん」で遊ぶ子の遊び方を見ていると、数について色々と考えていることがわかったのだ。
それは2とびから3とびへと自然に遊びが移っていったからだ。


歩いて数を確かめながら「3,6,9…」とやっている。


2とびだけできればいいのだが、いつの間にか3とびまでできるようになってしまった子が2人いる。


それを見て4とびを歩いて確かめ始めた子もいる。

その子は4とびの数えができるようになってしまった。


無心になって何度も何度も繰り返す姿を見て、このような姿が本当に学習が身についている姿であろうし、学習の中に何とかしてそのような姿を作り出したいものだと思った。


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6月30日 №52

ただそれだけの話ですが…

「ともみちゃん、Lopez先生のところに明日のフェスティバルの終わりの言葉の練習に行ってね。」

と私。


T島さんが「Lyu先生の所?どうしてLyu先生の所行くの?」


「Lyu先生じゃないの。Lopez先生だよ。」と私。


「あれ?ロケット先生っていたっけ」とA人くん。


「ロペス先生だってば!」

「ロボット先生だってさ。」とT郎くん。


「違う。なんでロボット先生になるんだよ。ロペス先生!」


「えー?露天風呂?」とK助くん。


混乱の1-2でした。


ただそれだけの話。


くっつきの「は」「を」「へ」


子どもたちが混乱するところですね。
「ワタシワ」と書かせましたら、「ワ」を「は」と書くのだと学習していたもので、「はたしは」と書く子どもがたくさんいました。


わたしと言う「名前」に着く「ワ」は、「わ」。
くっつくのは「は」と指導しました。


「を」「へ」も同じく,くっつきの「は」「を」「へ」と教えました。


しばらくは混乱すると思いますが、その都度指導いたします。お気づきの時はよろしく。

お願い

●七夕飾りが足りませんので、今日の宿題は飾り作りをお願いします。「ひも」で結構ですのでこよりとしてつけていただければありがたいです。
(きれいな包装紙で。色紙でなくていいです)


●今日より音読で「、」「。」の時の間の指導をしていきます。

おうちでも一言お願いします。「間」を十分あけることです。


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6月16日 №48

算数 ひきざん

ようやく、たしざんができるようになってきたと思うと、もう「ひきざん」。

まったく、呆れる。


よほど楽しく、そして力をつける授業をしないと、
「ほらみろ、やはり入学前にある程度できるようにしておいてよかったわ。」とか
「できるようにしておけばよかった」とか言われかねないので、
汗をかきかき、算数の授業に打ち込んでいる。


子どもたちの壁は、「ひく」と言うことを理解できないことである。


「3個のりんごがあって2個食べました。残りはいくつ」を、どうしても
「3 +2 = 5」
または
「3+2=1」
とやってしまうのだ。


とにかく、徹底して「へるのだ」ということを理解させようとした。


わざと間違えて「へりさん」と言ってみたりもした。子どもたちに猛反撃をくらった。


「へるのだ」と言う事実を理解させるために、模型を作った。実際に隠してみせた。


「へる」場合を色々と発表させた。


「食べる、取られる、出て行く、消える、使う」などが出てきた。

例えば、

「5ドル持っていて、2ドル使いました。残りはいくら」

「あめが5こあって、2こ食べました。残りはいくつ」

などのように。


あれでもか、これでもか、と「へる」ことについて考えさせた。


そうしておいて、「いちごが4こありました。1こ食べました。残りはいくつ?」を式に書かせて持って来させたら、「4 +1 = 3」と書いている子どもが3人いた。


「あ、うっかり間違えた」と言っていたが、うっかり間違えて見ないほうがいい。まだ、わかっていないのだと思う。


生活のいろんな場面で、問題を作って見せようと思う。

足し算

足し算のプリントも3枚になる。レベルアップ方式にし、無理せずにできるようにしたためか、子どももそんなに嫌がってはいないようだ。


子どもには、「頭で計算できるなら、頭でやりなさい。ただ、ちょっとでも使えたら、裏に◯をかいて考えるんだよ」と言ってある。


指を使わせないほうがいいと思っている。


指を使っていると、10以上の数を扱う計算になったときに対応できない。


◯という記号を使っていると、10以上になった時にまとめて大きな円で表すことができる。この方が数の概念の理解にとって良いことだと考える。


ところで一体家でどのくらいの時間をかけてやっているのかどうか知りたいものだ。

歯!

算数の授業中M里さんの画はが抜けた。


みんなで「おめでとう」と言った。


昨夜は私の長男の葉が抜けた。2本目だ。1本目が抜けたとき「よかったなぁ。どっちだ。下か、じゃぁ、屋根に投げると強い歯に…」と言うと、妻が「何言ってるの。オーストラリアでは20セントになるのよ。」と言ったので驚いた。


翌日子どもたちに聞くとほんとだと言う。


「天使が歯を持っていく代わりに置いていくのだ」と言う子がいた。


どうも近頃の事ではなく親の代からそうだったと言う子もいた。


●この件についてご存知の方はお教えいただけませんか。

自分で動く

驚いた。算数セットが整然と並べられている。それも番号順に。


聞けば、朝、K二君とYうくん、A人くん、T博くんがみんなのためにと並べてくれたのだそうだ。


おまけに、そのことを私が気づくまでいわなかった。


完全な奉仕の精神。いたく関心。

(気づいてなかったら…と思うと…)

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この日は,めずらしく,普段常体で書いている通信を 敬体で書いています。


6月16日 ナンバー47

音読カード1枚目が終わろうとしています

今日4人の子どもたちが音読カード1枚目を終わりました。
二枚目は色が変わります。レベルアップです。


1日に一ますので、一気に追いつこうと思っても追いつきませんが、地道に続けてください。1日1回、音読。

国語修行の旅

お友達カードを配り、修行の旅が始まります。


このカードには全員の名前が書いてあり、友達と音読しあったらその友達の名前に◯をつけていくのです


今では5分かからずに3人の友達と読めます。


転入してきたMやさんも、どんどんこれで名前を覚えています。

はっぱ まっち

毎時間、少しずつ子どもたちの字をチェックしています。


今日は、「『はっぱ』と書いて持っていきなさい」といって持って来させました。「は」の字形、「っ」「ぱ」が書けるか、を調べるためです。


字形については右と左が狭い子どもがいるほかは、大体合格。「っ」を忘れている子どもふたり。「ぱ」が書けない子どもはいませんでした。



「まっち」は、新しく習った「ま」と、「っ」を調べるために書かせました。


「ま」はよくできていました。「っ」を忘れた子供は、驚き。5人。

「はっぱ」では2人だったのに、どうしてその後に書かせた「まっち」で「っ」を忘れた5人もいるのだろうか?

長音

家族の名称を全部言えば、長文を学習することができると言われます。


おか「あ」さん、おに「い」さん、おね「え」さん。


「う」列の長音は、家族の名称にはありません。

ふ「う」せん,ゆ「う」ひ,などで学習します。


「いやいや,おと「う」さんがあるじゃないか、と思いますよね。

ところが、これは「う」列の長音ではなく、「お」列の長音に入れられます。


ひこ「う」き、と「う」ふ、おと「う」と,いも「う」と…

発表させると10個ぐらい出てきましたが、「お」列の音「お、こ、そ、と、の、ほ、も、よ、ろ」を、のばすには、通常「ウ」、が使われるのです。


「おおきい、とおり、ほのお、こおり」などで「お」を使っているのは、逆に例外なのだそうです。



ちなみに、日本語では、「え」列の長音は「おねえさん」だけなんだそうです。これを「おねいさん」と書く子どもがいるので注意しなければなりません。


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(注 これは,学級通信ですが,通信中,保護者へ向けて私の指導観を述べたものです。こんなことも学級通信に書いていました。)


6月15日 No46

私の絵の指導観〜大人が子供の家を見るとき


大人は,本物のようにかけているのが上手な絵。およそ考えられないようなものはへたくその絵として見ているのではなかろうか。


子どもは3歳頃から絵をかき始める。
そのうち、◯に意味を付け出し、「これがお父ちゃん、これがお母ちゃん」などと言って画用紙の上で遊ぶようになる。


そのうち、◯に目や鼻が描かれるようになり3歳半ごろから顔から直接手や足が生えるいわゆる「頭足人」をかくようになる。

子どもが初めて自力で獲得した表現様式である。これは世界の子ども共通である。


2324


この頃から、大人は「絵」を教えようと思うようになる。


子どもは砂場か何かで遊んでいるつもりなのに、大人は絵にしないと気がすまないのだ。だから、「ひろみちゃん、お花はね、こうかくのよ」などと言って、かき方を教えるのだ。


かくして、子どもは思いを表すのに何ら工夫をすることなく、決まった様式で大量生産することになる。自分が見たあのきれいなお花はどこにもかかれず、どれもこれも全く同じチューリップらしき形をしたお花である。


そのうち、子どものほうもできるだけ上手に模倣したものが上手な絵だと思うようになり、次のような絵を見ると笑ってしまうのだ。


IMG_2323

(注 3年生の子どもの絵手紙。ブローチがこんなに大きいはずはない。しかし,この子の心の中でどんなに大きい存在だったことか・・・。自分のお小遣いをためて,宝石のちりばめられた宝石ブローチを買ったのだ。この絵では,略しているが,実際は,ブローチの中に̻ □がひとつひとつ丁寧に数えてみるとなんと200個近くもかかれていた。
 「何これ?ブローチだからもっと小さく描かなきゃ。それに宝石は□じゃないだろう」というか,
 「とてもたいせつなプレゼント。きっとお母さん,喜んだでしょうね。」というか。
「絵を読もうとすることが愛情である」といった方がいますが,その言葉は私の中に大切にある。)

これは、近頃では避けられなくなっている。


まず、親がしなくても、お兄さんやお姉さんたちが「あのね、お花のかき方はね」とやってくれる。兄さん姉さんがいなくても、近所の兄さん姉さんがやってくれる。


近所にお兄さん,お姉さんがいなくても、幼稚園に行き始めればちゃんと友達がやってくれる。先生が丁寧にやってくれることもある。


我が家でも,親の努力虚しく、いつの間にかあのコッペパンのような雲、チューリップのような花をかくようになってしまった。


だから、子どもの絵が白いのは幼稚園まで、と言うわれるのである。

「面白い」と言うのは、思いを表すために一生懸命に工夫をしたと言うことである。


だから、私は躍起になる。


この子たちに思いを表すために無我夢中になってもらいたい。


自分の持っている力を総動員したような絵をかいてもらいたい。そのために使う知恵が思考力として身についていくのだし、そのために使う手が技能として身に付いていくのだ。


何よりも無我夢中になることが感受性を高めていく。


安易なお人形さんは図工の時間には知らずに消えてしまうような、そんな指導がしたい。

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