カテゴリ: 雑記

子どもたちに何かお話をしてあげようというと、大喜びでリクエストされるのが怖い話。

その時に、まともに怖い話をするときまってトラウマになる子どもが出て、夜寝られなかったとか、トイレに行けなかったとかいろいろと言われるので、そこをうまいことやらなければなりません。
最後に「うそだよ〜ん」というのはお約束です。

でも、夜中の教室はこわいですよ。
真っ暗な窓からなにかがのぞいていそうで。

私がまだ若い頃、明日の授業参観のための背面黒板の掲示ができていなくて、夜遅くまで残って子どもたちの絵を貼っていた時のことです。

後ろのランドセル棚の上にのぼって、画鋲と画用紙をうまく操りながら一枚一枚貼っていました。

時刻は23時30分。外は真っ暗。こちらはこうこうと電気が付いているのだから、4Fとはいえ外からは丸見え。というか、そんな時間に教室をのぞく人がいるなんてことはほとんどないだろう。
「じゃ、だれがのぞくんだよう」と心のなかの私がへたれた声をだしています。
そんな時間に、教室で絵を貼っていることのほうがよっぽどこわい。

そんなガクガクブルブルの時に、「ばさっ!」とやたらを大きな音がしました。
「おぅっ!!」
びっくりして後ろを振り返ります。
何もいません。

しかし、私はなにかに見つめられているのがよくわかるのです。
(何・・・何だ? 私はこの歳にして(25歳)、生まれて初めて心霊体験をしてしまうのか?いやだ。これまで私は霊を見るなんていう経験はない。私にはそんな能力はない。だからこれからもぜひ霊が見える人でありたくない!)
なんてことを思いながら、いったい私を見つめているのはだれか、と息をひそめました。

すると、私を見つめているものの正体がわかりました。
その瞬間、わたしは「ぎゃっ!」と叫んで棚から転げ落ちそうになりました。

私を見つめていたのは本だったのです。
ばさっという音とともに床に落ちた本の表紙・・・。
その本の表紙に両目の部分だけ大写しにされた顔。
「恐怖の心霊写真集」という、子どもが持ち込んだ本の表紙に印刷された、「窓に大きく移った霊の顔」という写真でした。

表紙の写真とはいえ、まともに霊と顔を合わせてしまったのです。

もう耐えられません。
まだ画用紙貼りが半分ものこっていたのに、私は速攻で荷物をまとめて後ろを見ずに階段を駆け下りました。本をそのままにして。

驚くべき事に、職員室にはまだ一人の同僚が残っていました。
同僚は私がどたどたと職員室に入ってきたのでびっくりしていましたが、私の話で二人で大笑いしました。

この話は、これまで結構子どもたちにしてきました。
こわいけど、あまりこわくない話だと思うんですが、それでもやはり子どもたちにとってはこわかったみたいですね。
だから、ここ10年位はしていません。

教師を30年もしているとこんな話がいっぱいありますよ。

でも、なぜ風でも地震でもないのに、たくさん本がある中でよりにもよって「恐怖の心霊写真集」が床に落ちたのか、それはなぞです。


 

毎年、3月になるあたりから学級通信を増産していました。
もともと不定期な通信で、時間割やお知らせとは別に出していた勝手気儘な通信です。
不定期とは言っても、週に2回は出していましたから、だいたい年に100数十号は超えていました。

とはいっても、昔は意地でも毎日出す人などがゴロゴロいましたから、大したことはありません。修学旅行の先のホテルでも出していたくらいですから、その意地たるや半端なし。

それでも、私なりによく書きました。ブログなどない時代ですから。

3月になると、書きたいことが何かの曲線のように一気に増えてきて週に2回程度では収まり切らなくなるのです。
一回に2枚くらいは出していましたし、4枚出したこともあります。
修了式の日に6枚出した年もありました。
いい迷惑だったろうなと思います。

子どもがこうしていた、ああしていた、と、なんでそんなに書くことがあるの、というくらい、やはり現場では様々な物語りが並行して進行しています。
それらをあれもこれもキャッチして発信しようと思っていたんです。きっと。

学級通信を書くのが好きでたまりませんでした。
子どもが毎回待ってくれていたんです。別に子供向けに書いてるつもりはなかったんですが。
だから、書くのが好きだったんでしょうね。
ブログ書いて、コメントがついたり、拍手やいいね!をもらえるようなものだったのでしょう。

30年経った今でも、大切にとってくれている人もいます。そういうの聞くと嬉しいですね。

ブログネタ
サンタクロースにまつわる思い出は? に参加中!
サンタクロースを初めて意識したのは幼稚園の年長さんになってからで、それまではクリスマスだからプレゼントをもらう、というような意識がなかったです。

年長さんの時、12月25日の朝、おきたら 枕元にマシンガンのおもちゃがおいてあり、狂喜乱舞した覚えがあります。
僕は、ほしい時にほしいおもちゃを買ってもらう、という経験がありません。おもちゃは誕生日にしか買ってもらえないものだったので、デパートに行ってもおもちゃ売り場でただ見ているだけというのがおもちゃの楽しみ方だったのです。
だから、なんで誕生日でもないのに、おもちゃが、それも枕元においてあるのか、びっくりしました。

サンタさんという人に頼んで持ってきてもらったということを聞いて世の中にはすごいシステムがある、と思ったものです。
よく聞いてみると、

1.この子のほしいものをリサーチする(テレビのCMで目が釘づけになっているとか、話しにでてくるとか)
2.岩田屋(デパート)に行って、サンタさんにお願いするコーナーで頼んでくる。
3.デパートがサンタさんに頼んで、12月25日の朝、家に忍び込んでおいていく。

そのような仕組みのようでした。

もううれしくてうれしくてたまりませんでしたね。

1年生になったら、12月の24日が待ち遠しくてたまりません。
24日の夜には、生まれて初めてクリスマスパーティーというものも家で行われ、楽しさ、嬉しさ絶頂の中で布団に入りました。

大喜びであさ起きると、枕元にいろんなものが。
でも、ちょっと僕がほしかったものと違う。
サンタさん、間違えたのかな・・・・。

でも僕は小学校1年生までは本当にサンタクロースが贈り物をとどけてくれるものだと思ってました。

2年生になると、自分で父母へのプレゼントを買ってきて、夜渡したりしているうちに、(・・・・・!そういうことか)と思ったみたいです。

3年生のころには、サンタさんはいるかもしれないけど、僕にプレゼントをくれるのは、父と母だ、と思うようになっていました。

子どもができてからは、毎年プレゼントをあげています。

二人とも成人していますが、いまだに我が家ではサンタがいるとかいないとかいう会話はまったくされていませんので、とりあえず、お互い「いる」という暗黙の了解で、たんたんとプレゼントの交換がなされています。

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